我が家の初釜は、大分以前から、濃茶席は我が家が設けますが、薄茶席は知人にお願いして、席を持っていただいています。

 濃茶席は、コロナ以降、各服点に様変わりしていますが、それ以前は、どうしても決まりきった様式で、まあ毎年同じことの繰り返しが無事で良いとも言えますが、変わり映えがしない。その点、薄茶席は、亭主が毎回変わるので、趣向も変わり、亭主の個性が発揮されて、レギュラーのお客様には、濃茶席より面白いかもしれません。今年の亭主は、昨年、准教授の資格を取られたNさんがお持ちになりました。点前も全部自分でなさるということで昨年末から準備を重ねられ、何度も練習されていたようです。もう一つの趣味が登山で、多数の名山を踏破されているとか、それに合わせて、床は「富士の画賛」を掛けられました。大徳寺五代管長松雲老師の自画賛で、「白扇倒懸東海天」の字。

 花は柳に水仙を添えられ、筒花入は、ご亭主が鎌倉の河村貴史氏の窯で焼いた自作。「9割まで河村先生の作品です」とご亭主は謙遜。

 香合は、綺麗な宝尽くし打出の小槌、薩摩焼の陶正山の作。

 正月らしく、寿棚(淡々斎好み)に、万古赤絵の水指を飾り、金無地の風炉先が華やかさを増します。木地に高台寺蒔絵の炉縁に釜は姥口で、勝ち虫と呼び縁起の良い蜻蛉の釻付き、西村道爺の作。

 薄器は唐松蒔絵の大棗、輪島塗の細川司光作。茶杓は大徳寺十一代管長雪窓老師の「掃一」の銘。全てを掃い、一に帰するというような禅語でしょうか。

 茶碗は、九代坂高麗左衛門の萩。一昨年の東美正札市で購入されたもの。明治の品らしい、がっちりとした重みがあります。替茶碗は、ご亭主が初めて手に入れられた茶道具という、先代宮川香雲の色絵扇面。

 驚いたのは、三客以下に出された茶碗。五代清水六兵衛の三島写、京焼の写しの名手須田祥豊の黒仁清写、瀬戸の名工河本礫亭の祥瑞写、膳所焼の光琳模様と、現在忘れられがちな過去の名工の、しっかり華やかなものが並んだのですが、これ全てネットオークションで見つけられたということ。不躾に値段を伺うと、昔なら当然買える値ではなく、今でも「え、そんな」と信じられない利口な値段(つまり安値)で手に入れられていること、しかも全部、ものがいいのです。ネット目利きのほど、恐れ入りました。菓子も、讃岐の和三盆本家から取り寄せられた鶴、亀、松葉と華やかなもの。

 ご亭主、水屋とも若い方(茶の湯世界では)ばかりなのが、一層華やかで、やはり薄茶は、正月といわず華麗な方が良いかなと感じました。我が家が薄茶の亭主をやると加齢になるだけですが。

   萍亭主