先週、予定通り京都から金沢へ旅してきました。

 最初の日は、個人行動で午過ぎに京都着。昼食は、車内飲食が解禁されたので、新幹線の中で済ませ、八条口のホテルに荷物を預け、すぐ京都国立博物館へ。駅の付近から人出はかなりのもので、今年3月に来た時とは雲泥の差。しかし、国博の中は、入館人数制限をしているわけでもないのに、それほど混雑もしていません。昔、ここで利休四百年忌記念展があった時は、物凄い混雑でしたが、30年以上経って、茶の湯の人気も当時よりは翳りがあるのかもしれません。

 ともあれ、展示は3階建ての新館で、広いスペースにゆったりとした間隔で陳列され、伸び伸びと見られます。前期後期で展示替えがあると見え、事前に娘の購入して来た図録で、内容をある程度チエックしていったのですが、国宝の龍光院の曜変天目は出ていませんでした。久しぶりに実見出来ると思ったのに残念。利休肖像も、図録では不審庵のものと正木美術館のものと二つ載っていますが、出ていたのは、坊主頭の正木所蔵の方だけ。利休の茶杓も「タダイヘ様」と「天正二年春」と、図録には二本あるのですが、後者だけが展示。他にもそういう例があったかもしれず、総数246点の展示の筈ですが、実際には一期200点ちょっとくらいの展示かもしれません。名器名品揃いですが、長年の間には、どこかの展観でお目にかかった品も多く、全く初見というのは、初期の寺院関係の茶道具(円覚寺の茶臼とか)や、煎茶関係の道具、光格天皇下賜(宝鏡寺所蔵)の旅用茶道具、新島八重関連の道具(同志社大学蔵)、北野天満宮献茶用の諸道具でした。それと、明治初年、三千家が京都府に出した上申書、官休庵の一指斎が書いたものは初めて見ました。同じ時に玄々斎が書いた所謂「茶道の原意」も出ていましたが、これは以前、今日庵文庫で見たことがあります。

 前に見たものでも、勿論面白いのですが、ことに、並んで見られると、面白いもので、青磁鳳凰耳花入の「千声」と「萬声」が並べられたのは印象的でした。ついでながら、今回は青磁の名品が多く、馬蝗絆や酒会壺、砧や下蕪花入など勢揃いしていました。また茶壷の「松花」と「橋立」を一堂に見て、「橋立」は、案外小さいんだと認識を新たにするなど、種々勉強にもなりましたが、詳しくは省略します。印象に残った出来事は、利休の茶杓の展示真正面に中年の洋服姿の男性が陣取り、食い入るように眺めていて動かないのです。横から首を伸ばして見るしかなく、その内退くだろうと思っても動かず、他の客も左右から覗くだけ。私も少々意地になって、退くのを待っていたのですが、十分経っても動かない。根負けして諦めましたが、茶杓によほど興味のある人か、写真が撮れないから心眼に写そうというのか、珍しいことでした。館内で、明日のツアーの同行者の何人かとも行き合い、明日の再会を約して退館。久しぶりに、葛切りでも食べて一服したいと祇園の鍵善に向かいましたが、街中も大勢の人で混雑し、店は長蛇の列で、結局諦めて早々にホテル入りしました。続きは次回。

  萍亭主