前回の続きですが、80人もの小学生が来るともなると、なかなか賑やかなことです。
時間差で、一クラスづつに分かれて来るものの、狭い個人の家ですから、交通整理も大変。私の担当した小間の見学は、要するに、露地を通り、腰掛から、蹲を使い、躙口をくぐる体験をして、中で私が茶室に関する説明をするということ。二畳台目の狭い部屋ですが、4、5名の班に分かれて入るので、子供ですし、それほどの混雑にはなりません。外は、外の係に任せたのですが、蹲は代表一人に指導して使わせて、今時ですから、口を濯ぐのは省略させたようです。この茶室は、突き上げ窓風の天窓があるので、最初は閉じて、陰の状態にしておき、途中で開けて、陽の状態にしてやると、これは皆、中には歓声を上げる者もいて、陰陽の変化に感動するようです。床の間の説明や、掛け込み、平、落ちの三段組の天井、炉や畳、窓や入り口、動線などを、5分間くらいですが説明して、「何か質問は?」と訊いても、私の説明が良すぎるのか(?)あまり質問はありません。「この茶室は何時ごろ建ったのか?」とか「何故、棚(仕付けの二重棚)があるのか」というような質問はありましたが、驚いたのは「あの白いものは何ですか?」と訊かれたこと。一瞬、何だかわからずに、「え?」と聞き返すと、炉の中を指します。釜は掛かっているのですが、炉の中の灰が見える。「ああ、そりゃ灰だよ」「灰って何ですか?」に、こちらは、しどろもどろで「炭がたつと灰に、いや、つまり木を燃やすと」と、説明に一苦労。炭も知らないわけですから仕方ありません。一座の子供の一人が「お線香が燃えると出来るんだよ」と言って、その子は不得要領に黙りましたが。流石に畳を知らない子はいなかったようですが、家に畳の部屋がない子も多いようで、ああ、ご時世だなあと思いますが。
呈茶席の方は、八畳、六畳を襖を外し、一つにして、クラスごとで呈茶。最後の頃に、ちょっと覗けただけなので、詳細は分かりませんが、まあ、それなりに密でも、入側の障子を開け放したりして行ったようです。3人ほどで、挨拶の仕方、お茶の飲み方、お菓子の食べ方のデモンストレーションをして見せてから、点前をして、正客(先生がしたようです)、次客に点茶、拝見は無しで、総飾りで終わり、連客には脇引き盆で銘々皿のお菓子とお茶を配るやり方。菓子は兎の格好の饅頭で、美味しかったらしく、お代わりを請求した客が四、五人もいて、中には「お茶いらないからもっとお菓子」という子もいたとか。逆に「食べるのが可哀想」と動物愛護の子もいたそうです。慣れない正座に、立つときは大騒ぎが起きたというのは、現代の普通の生活からみれば、無理もありません。飾られた茶壷や石臼は目を引いたようですが、点前座の道具に関心を示す子はあまりいなかったというのも当然でしょう。ほとんど全員が興味を示したのが、玄関前の、石の上に鎮座ている信楽焼の蛙。先代の頃から、なんとなくいるのですが、やはり子供向けのものなのかもしれません。
さて、こんなことが、日本の伝統文化の理解に繋がったものか、ちと疑問ですが、まあ、小学生にとって、一つの体験ではあったでしょうか。私の率直な感想では、珍客の小学生たちは、それほど積極性も感じられず、昔の小学生に比べると、どちらかと言えば、やや無感動であり、無表情であるように見えます。コロナのせい、マスクのせいでしょうか。もう一つ、男子には昔よく居た腕白大将という感じの子がいない。女子は、男子を「お前」呼ばわりする子はいるのですが、昔風の意味で、いかにも女の子らしさを感じさせる子は居ない。今、ジェンダー云々をやかましく言われる世の中、迂闊なことを書くと袋叩きに遭いそうですから、この辺で筆を置きます。
萍亭主
