池之端の江戸千家の機関紙「ひととき草」を頂戴して、拝見したところ、新柳若宗匠が、

今月、御結婚されるという記事がありました。おめでたいことです。

 同じ号に、現家元名心庵宗雪宗匠の「来年は喜寿を迎えるので、新柳本人や役員ともよく話し合って、代を譲ることも視野に入れて行きたい」という趣旨の言葉が載っていました。

後継者が配偶者を得れば、その先の将来が見えてくるわけで、隠居したいという発想も解らないではありませんが、今は平均寿命も伸びている時代です。とりあえず電話でお慶びを申し上げたついでに「喜寿は早いでしょう、傘寿まで頑張られたら」と、つい余計な口をたたいてしまいましたが、茶の湯界もまた、世代交代の時期なのかも知れません。

 平成13年に遠州流の紅心宗慶宗匠、平成14年に裏千家の鵬雲斎宗匠が相次いで隠居されて、もう二十年余、月日の経つのは早いものです。それからしばらくは代替わりの話も聞かないような気がしていましたが、平成29年に大日本茶道学会の田中仙翁会長が仙堂会長に代わり、平成30年には表千家の而妙斎宗匠が隠居されて宗旦を名乗って、猶有斎宗左家元が襲名、令和2年には裏千家に丹心斎若宗匠が誕生、弥生町の江戸千家十代家元が隠居して探源斎不白を名乗り、流水斎関雪家元襲名など、そろそろ世代交代の話が聞こえてきました。

 茶人は、現代よりはるかに平均寿命の短かった時代でも、比較的長命の人が多く、そこが茶の一徳かも知れません。私の記憶では、明治以前は土肥(土岐)二三の九十三歳だかが記録と思いますが、近代だと、石黒况翁、益田鈍翁、藤原暁雲、松永耳庵など九十歳越えも沢山いますし、現在、私の知人も含め、九十歳以上で茶の湯の現役という人も珍しくはありません。長生きは真にめでたい話ですが、場合(その世界)によると、歳をとると出来なくなるとか、不似合いになるとか、よせばいいのにと思われるとかありますが、茶の湯は、多少体が不自由になっても行えますし、精神的には老熟するほど良くなってくるとも言え、元々隠者的な面も多い趣味ですし、いろいろ奥深いですから、長生きに向いていると言えます。

 考えてみれば、茶の湯はどんな立場でも、それなりに楽しみ、深めて行くことの出来るもの、自分の身に応じた茶の湯を育てて行けると考えれば、家元には家元の、隠居すれば隠居の茶の湯の展開があるのでしょう。それに、山田宗徧も川上不白も、隠居してから大きな仕事をし、茶の湯を広げる足跡を残しています。現代の鵬雲斎大宗匠もそうです。だとすれば、私が宗雪宗匠に、軽々に「隠居は早いんじゃありません?」などと申し上げたのは、余計な妄言をしだものだと、ちょっと反省しております。

    萍亭主