長く、ぼんやりと夏休みを過ごすと、どうも不精になり、ブログも怠けてしまいます。
私は仕事を離れてからは、毎年夏は50日ほどは、浅間山麓の原生林の中の山荘で過ごすのですが、猛暑とは完全に逃れられますが、テレビも映らず、新聞も取らず、世間と隔絶した状態なので、いよいよ世間離れが進みます。一日3本しかバスも通らず、1時間(片道)以内の徒歩圏には、食料、生活用品の店は今年は何もない僻地です。こういう過疎の地も、コロナの影響は及んでいて、以前は、数少ない観光客や別荘族のためにあった、土産や食料、生活必需品品を扱うコンビニ的な店も去年から閉店し、高原野菜を売る店も徒歩圏内から姿を消しました。自動車を持たない私どもは、冷凍庫に持ち込んだ食料と、訪問してくる子供に持参させるもので、食い繋いで行くほかありません。子供も例年は、三家族が交代にやってくるのですが、今年はコロナの影響で、本人たちは罹患しないものの、周囲の欠勤の人ぐりとかで、休暇が取れず、一家族だけが顔を見せただけです。
こういう状況ですから、茶の湯の話も耳にせず、全くおさらば状態。以前は、休みを利用して茶書を読んだりしたのですが、今年は、目が衰えて、読書も物憂く、二、三冊目を通しただけ。本当に茶の湯と縁切り状態です。ただ一つ、毎朝食後、妻が練る濃茶を一服し、残りを自分で薄茶にして飲むという習慣だけは欠かさなかったのが、茶の湯との僅かな縁でしょうか。母が稽古用にしていた織部の平茶碗一つだけが山荘に置いてあり、茶杓、茶筅はあるものの、他は道具は何もなし。菓子は箱から出した羊羹などを、そのまま食べ、キッチンで立ったまま茶筅を振る有様ですから、無風流と言えば、本当に無風流。昔の数奇者茶人だったら、贅を尽くした茶箱か茶籠に、良い道具を仕込み、瓶掛けで優雅にお点前を楽しんだのでしょう。私どものやり方は、そういう人に言わせれば、まことに「茶がない」やり方、茶のない暮らしと言われても仕方ないとは思います。
萍亭主