茶会で、種々の話をすることは、本当に楽しいと同時に、いろいろと知識を得るものです。今回の我が家の小寄せ茶会でもいろいろありました。妻が教えられたのですが、こんなことがありました。
皆様は、小川破笠(おがわはりつ)という名前をご存知でしょうか。江戸時代中期の人で、あの芭蕉翁の門下の俳人でした。以下のような、解り易い句を作っています。
妻にもと幾人思ふ花見哉
昼顔の花萎みたる暑さ哉
咲くまでに待つ人おらぬ躑躅哉
金持たず飢えず今年も暮れにけり
五月雨に心も重し百合の花
朝顔は絵に写す間に萎れけり
入相の木魚も寒く音すなり
賑やかに桃の笑ひや雛遊び
ゆすれども散りつくしたる木の葉哉
若い頃は貧乏で、同門の其角の家に、嵐雪と共に居候をしていたと言いますが、五十過ぎてから、漆芸を始め、独特の作風で人気を得て、津軽藩に召し抱えられ、御用細工師となり、一般の注文も受けて、裕福に暮らし、享保4年(1719)に85歳の高齢で死去しました。破笠の漆芸は、漆器の中に、青貝や、金、銀、鉛などの金属を嵌め込み紋様を作るというもので、破笠細工と呼ばれました。後世、この手法を使ったものも、その名で呼ばれ、また人気があったため、在世中から模造品が作られたと言います。実は我が家には煙草盆があり、今回、寄付き兼菓子席に正客の座の目当てにと出したのですが。
しかし、これが本当に小川破笠の作なのか、写しものの破笠細工なのか、不明で、まあ、多分、後者だろうと思っていました。裏に陶印があり、花押辞典で見る形と一緒のようにも見えますが、うちに本物があるかなと思うので。しかし、客に見えた宗徧流正伝庵の家元が、妻に「これは破笠の真作でしょう」と言われたそうです。その理由として、四隅の凹んだ部分に、青貝や金属がちょこっと、しっかり嵌め込まれている点を挙げられ、「これは難しい技術のいる仕事で、写しものなら、こんな手間の掛かることはしない。平面だけでやるでしょう。こういう所を見ると、これは破笠の作だと思う」と言われたそいです。
自分の家のものでも、よく理解できず、いい加減に考えていた品を、鑑定の勘所を教えられて、全く有難いことです。人生、日々勉強ですな。
萍亭主




