前回の続きですが、T氏のお茶事は、無事に始まりました。

 正客は裏千家の准教授が、次客には、ご亭主の奥様(江戸千家)が入られ、計五人のお客。前回書いた、脇床に御母堂の遺影を飾り、待合に御尊父の俳句を飾る趣向は、奥様もご存知なくて、大変びっくりもし、喜ばれたようです。主客の挨拶も済み、ご亭主の行き届いた軸の説明など、席中は和気藹々と進み、初炭の香合に、加藤卓男の正倉院御物写の唐三彩水鳥が使われたのが見事だったとか。無事終わって、いよいよ懐石。担当した妻のメニューは、汁は里芋の白味噌仕立て、向付が、前夜到来した瀬戸内の生牡蠣、煮物椀は鯛と生湯葉、焼き物に村上の鮭、薦め鉢が鳥と蓮などの炊き合わせといったところ。味はどうだったのか、お客に訊いてみたい気がしますが、訊いても「結構」としか答えないでしょう。そこが茶人の礼儀ですから。ご亭主が用意された菓子(源太製)の銘が「雪間の草」で、庭の雪景色ともぴったりで、大受けだったそうです。後入りの点前座はこんな感じ。

 花を持参されたお客があったので、急遽花所望があり、それがこの写真。

 濃茶は、古い上野焼茶入に、聚光院住職の「常盤」の茶杓で各服点、お茶は裏千家家元好み星野園の「延年の昔」(薄茶は同詰の「舞の白」)を使われました。各服ともなると、茶碗が五つもいるので大変です。後刻、水屋で拝見したのですが、主茶碗が古萩の熊川写。

 次が古楽山の三島。

 以下、三輪休雪、十二代坂倉新兵衛、十二代田原陶兵衛と萩づくしで、堂々とした茶碗を揃えられ、これは凄いと感心しました。水指高取、蓋置が南鐐で、坐忘斎の襲名記念の大西清右衛門作。その中で建水が、ご亭主自作というのが素敵です。しかし、喜寿のご亭主、後炭にかかる頃から、そろそろ、お疲れが見えだし、足元も危うく、薄茶は、半東の若いNさんが代点。鵬雲斎在判の一瓢斎の折鶴蒔絵大棗と、大亀和尚の銘「好日」の茶杓、対馬御本や初代竹泉の銀彩茶碗などの名碗でもてなされました。終了が3時過ぎと、茶事二刻の原則にピッタリはまったものでした。終了後、私も水屋に入れて頂き、薄茶を一服頂戴。たねや製の干菓子も綺麗でした。

 お客様も大変ご満足だったようですが、ご亭主が「良い思い出が作れた」といわれ、年来の希望の茶事を完遂されたのを喜ばれて、妻もサポートし甲斐があったと、ホッとしておりました。気持ちのいいお茶事だったと言えましょう。関係者の皆様、お疲れ様でした。

 ご報告が終わったところで、明日はブログを休みます。

   萍亭主