二ヶ月ぶりに、茶室を掃除して、広間だけは開けましたが、前の縁側の簾掛けが強風で破損したまま、手配はしているのですが、なかなか直しに来てくれません。これでは、お客を招こうにも気が引けますが、幸か不幸か、緊急事態宣言の延長で、招こうにも招かれない状態。気を取り直して、咲き残りの朝顔を活けて、一応の床飾り。

花入は、池田瓢阿氏の指導のもと、妻が作ったものです。

 さて、夏休み中の読書を振り返って、昨日書きました通り、「茶会漫録」と「数寄屋と五十年」しか読んでいないのですが、その感想を一つ。

 「数寄屋と五十年」は、中村昌生博士の自叙伝です。もう13年ほど前に書かれて、発売当時、すぐ購入したくせに、最初の方を読んでいるうちに挫折して、ほったらかしていたものです。理由は、文章は話し言葉で、格段に難しいわけでもないのですが、何というか、その話の口調のリズムが私に合いづらくて、つい放置のままでした。この夏、目の衰えの中、思い切って頑張り、550頁の本を読み切りました。いろいろ教えられるところもあり、早く読んででおくべきだったと後悔しています。中村博士は3年前に亡くなりましたが、茶の湯関連の方なら、皆さんご存知でしょうけれど、京都工芸繊維大学の教授で建築家、数寄屋建築の権威で、建築史、古い茶室の修復、新しい茶室の設計・建築、文化財の保護委員、多数の著述や解説書、特に茶道関連の全集などの企画と、多彩な活動をされた方です。講座の授業、講演も多くなされた方ですが、私は一回しか拝聴した経験がありません。それも学術的な講演でなく、記念講演で、随想的なお話でしたが、印象に残っているのは、「数寄屋の研究を始めた頃、学界で、何でそんなものをやるのだ、と散々言われた、当時、和風建築は、寺社建築以外、全く省みられなかった」というのと、「茶道に関する著述で、戦前に創元社から出た茶道全集、あれはもう古いと言われるが、私には面白い、今でも読み返して発見がある」という言葉でした。温顔の、いかにも大家らしい、ゆったりした語り口だったと思います。考えてみれば、中村博士の著書は、私が読んだのは入門書中心ではありますが、随分勉強になりましたし、お蔭を被っていることは多大です。この自叙伝ももっと早く読むべきだったかと思いました。続きは又次回。

  萍亭主