前回の「茶の湯自在」(NHK 番組)の中に、裏千家を紹介するナレーションの中で、「お弟子さんは全国に凡そ200万人」というナレーションがありました。

  前にご紹介した(今年6月8日のブログ)文化庁の「令和2年度 生活文化調査事業(茶道)」にある通り、番組の収録3年後の平成13年の社会生活基本調査によれば、茶道を趣味娯楽として行っている者(つまり、指導者でなくお弟子さん)は、273万人となっています。この調査と当時の裏千家の公称を信用すれば、当時の茶の湯人口の73%が、裏千家だったということになります。ちょっと多過ぎない?という気もしますけれど、当時、「石を投げれば裏千家に当たる」というジョークがあったくらい、裏千家を学ぶ(齧る?)人が多かったのも事実でしょう。鵬雲斎宗匠が文化勲章、仏蘭西のレジオンドヌール勲章を立て続けに受賞し、一般の注目も茶道に集まった頃ではあります。坐忘斎現家元への継承もなされ、いろいろと注目を浴びた時代でもあります。考えてみれば、円能斎以来、淡々斎、鵬雲斎と、積極的な、経営上手の家元が続いていることも、裏千家の勢力を大きくした原因ではありましょう。この計算が正しいと、残り七十万人を他の流儀で、分け合っていたわけで、当時、茶道の流儀(組織)は、百を越えていた、百五十近いという説もありますが、仮に百として割ると、一組織あたり、七千人にしかなりません。しかし、実際には、一千人に満たない組織が結構多い筈で、七十余万人の大半は、全国的組織を持つ表千家が占め、それについで、地方にもある程度組織のある、武者小路千家、遠州流、宗徧流、大日本茶道学会、江戸千家などに、特定地方に強い基盤がある藪内流、松尾流あたりが残りを占めているような気がします。まあ、一万も弟子がいれば、それなりに大きな流儀と言えるのかもしれませんし、伝統を伝えてゆくのに危険はないはずです。この裏千家の一人勝ち状態は、今も続いているのか。直近の平成28年の調査では、茶の湯人口は総数176万人と当時より100万人近く減っており、勿論、裏千家だけが減っているわけでもないでしょうが、時に「昔の半分くらいに減っている」という陰口も聞き、組織が大きいだけに、減り方も早いのかも知れません。しかし、多分、裏千家の寡占状態は、そう変わっていないのでしょう。別にそれが、良いこととも悪いこととも思いませんが、茶の湯全体が、とにかくコロナ禍を乗り越えて、続いてゆくことを祈るのみです。文化庁も流儀別茶の湯人口でも調査してくれると面白いのですが。

   萍亭主