茶事の客に行く時、今日はどんな趣向の茶の湯だろうかとか、どんな道具が出るのかとか、初めての席なら茶室や露地はどんな様子かと想像して期待することはあっても、懐石で、どんな御馳走が出るか楽しみにするということは、まず無いでしょう。
茶事は会食とは違い、食の御馳走を期待するものではない。それは自他ともに十分承知しているものです。とはいえ、主側からすれば、やはり、招く以上、懐石にも何とか馳走の意を込めたいと苦慮するのも自然です。客の方も、期待する事が皆無でないかも知れない。昔、こんな話があります。千宗旦が、弟子であった大名の永井尚政(号・信斎)に、居城の淀城へ茶事に招かれた。帰宅した宗旦に、今日の茶事は如何でしたかと周囲が尋ねたところ、宗旦は不機嫌に「信斎は一を知って二を知らぬ人だ。今日は定めし名物の淀鯉が出るであろうと、遠方を楽しみに出掛けたが案外であった」と言ったというんですね。信斎は、師匠の宗旦が日頃出すような、粗末な料理でなければいけないだろうと考えたわけですが、宗旦からすれば、信斎は十万石の大名であり、あの料理は似合わない、日常の料理で良いと言っても、分に応ずるという、もう一つの茶の湯の心が大切である、という事を信斎に教えたかったのだとされます。まあ、ただ美味いものを食えなかったという愚痴だけにしちゃ、ただの食い意地の張った老人の話になっちゃいますものね。宗旦の言葉を伝え聞いた信斎は、知足安分を悟り、後悔して、もう一度、宗旦を招いた。宗旦は、出入りの壁塗り師の土斎を供に連れて出向き、今度は沢山出た淀鯉の料理を、「お前は名物の淀鯉を食べた事がないだろう、よく賞味するがいい」と土斎に与えたという話です。現代は貧富の格差はあれ、身分の格差は一応ありませんから、分相応の茶の湯というのも、こういう面では際だちませんから、分相応の懐石も考える必要もないのかも知れませんが、それだけに、粗末かそうでないか、主側自身でも判断がつきにくい、つまり食材を含め懐石の準備が、仕難い面があるのかも分かりません。また、私は、遠方のお宅に茶事に招かれた経験がないんですが、例えば冬の金沢に茶事で招かれたりしたら、やっぱり懐石には蟹が出るかなあ、などと期待したりするかもわかりません。土地の季節の名産は、主も使い易く、客も喜ぶものでしょうが、東京という特色の薄い所での懐石の作りようは、やはり悩ましい点が多いようです。
萍亭主