京橋の道具商池内美術の当主、池内克哉氏が亡くなられたと聞きました。
池内美術は、茶道具の一流店で、克哉氏は遠州流の大茶人でもあり、東京美術倶楽部の役員や大師会・光悦会の世話人も務めた茶道具界の大物ですから、私が気安く冷やかしに行ける様な店でもありません。それでも、若い頃、少し自由だった時期、二度だけ品物を買ったことがあります。その後、和美の会などで顔が合うと、必ず声を掛けてくれ、いろいろ、話を聞かせてくれました。他の道具屋さんに口を利いてくれたり、道具を鑑定して貰ったこともありました。
印象に残っているのは、最初の頃、我が家に見えた時、まだ何もわからない頃の私が、いくつかの道具を見せて鑑定を乞うと、良い物は褒め、駄目な品は的確に貶すという姿勢でしたが、楽焼を一つ持ち出すと「楽チャンですか、私ゃ楽は嫌いでねえ」と言われ、その時は、遠州流の人だと私は知らなくて、ポカンとしたのですが、それでも、手に取り眺めて「これは旦入ですよ、間違いありません」と鑑定してくれたものです。後年、友人から頼まれて、武家茶道系の茶杓を見て貰ったことがあります。箱を見て首を傾げながら、筒を手に取るなり、「いけない。これは嫌なものだ」と、添えてある書付や、中の茶杓は見ようともしませんでした。自信に満ちた態度に、専門家は違うもんだと思ったものです。また、和美の会で、例の如く立ち話をした折、「この前、マスコミが品物を鑑定してくれと言ってきたから、私は道具屋で鑑定人じゃありませんと言ってやったんだ」と、笑いながら言われたことも印象に残っています。晩年は体調を崩された様で、5年ほど前、あるパーテイの席上で遭遇し、挨拶したのが最後になりました。もともと、金沢出身の方で、金沢の老舗谷庄の主人の後援で、東京赤坂の水戸幸に、18歳の時から、修行に入り、25歳で独立されたと聞きます。今の「何でも鑑定団」で人気の中島誠之助氏とは修行時代からの仲間で、親しい間柄だと聞きました。笑顔が独特な、いかにも道具屋さんの旦那という風貌の方でしたが、昭和の香りがまた一つ消えた様で、淋しく思われます。
謹んで哀悼の意を表します。
では又。
萍亭主