昨日の日曜日、四月から就職のため、東京を離れられるお嬢さんが、妻の所へ挨拶に見えられました。とりあえず、小間に飾り付けをして、まあ一服どうぞということに。

 

 就職祝いになるような軸もなし、寿じゃ平凡すぎるので、「漁夫生涯竹一竿」を掛けました。禅語で「山僧活計茶三畝」と対句で、本来、釣り竿一本で生活を建てる、余計なもののない、欲得のない生活を指し、そこに真の風流を見出すという意味のようですが、己の稼業に徹するという意味にも解釈して、これから社会人になる人へのはなむけにもなるかと。筆者は、芳賀洞然老師。「一行物」など禅語に関する著書や、利休の研究で有名です。

 

 勤め先が、福井県の陶芸関係の仕事に勤められるというので、花入は越前焼のお歯黒壺形の掛け花入を。古い越前焼は、お歯黒壺(江戸時代成人女性が歯を染める液体を入れた容器)の生産で有名ですが、これは、その形を模した工芸品です。花は、庭に咲いた貝母と都忘れ。

 出発を祝うつもりで、香合は美濃焼の色絵の船を、出船の様式に飾りました。床の中心に向かって、艫(船の後ろの方)を向ければ出船、逆に舳(先端)を向ければ、入船になるんだとか。

 

 

 茶碗は、御両親が陶芸家なので、作家物の茶碗が相応しいだろうと、益子焼の佐久間藤太郎の作のものを。浜田庄司と並ぶ益子のレジェンドです。

 棗は時候で柳蒔絵、茶杓は、妻が削りおきの品に「旅立ち」の銘を付けて、そのまま、お土産に差し上げました。

 急なことで、思い付きの趣向ですけれど、まあ、こんな遊びが主客共に茶の湯の楽しみでしょうか。

  いずれ、又。

     萍亭主