先週日曜に放送されたNHKの大河ドラマ「麒麟が来る」を、昨日の再放送で、やっと見ました。

 タイトルから言っても、平蜘蛛の釜が出そうで、どんなことになるやらと案じていたのですが、予感的中、うーむというものが出てきました。あれは、どう見てもただの透木釜、天下の名物にはどうも見えません。以前、このブログでも何度も書きましたが、テレビドラマで茶道具が出てくると、まあ、ひどい場面になります。秀吉の時代に仁清風の色絵皆具が飾ってあったりするような時代錯誤は、NHKには比較的少ないように思いますが、でも、どうにもそうは見えないなあという事は多い、ことに名物道具など登場すると、もういけません。平蜘蛛の釜というのは、別に銘ではなく、その状態から付けられた一般名称で、松永久秀の所持のものが、恐らく飛び抜けてよくて、名物視されたのでしょう。製作されたのは室町時代とされるようで、数はいくつかありますし、後世もこの型は作られています。何かの展覧会で、古い釜を見た記憶があります。ドラマに出て来た釜は、写しなのかどうかは知りませんが、箱から出された瞬間、整った大人しい感じで、名物という貫禄、迫力を全く感じません。平蜘蛛の釜の写真は、手近では「新編茶道大辞典」「原色茶道大辞典」に写真が載っており、前者は宮崎寒雉の作で、いわば写し、後者は作のわからぬ古いもののようですが、両者とも似ていて、ドラマと違うのは、口がもっと広く大きい、蓋が盛り蓋で、羽が大きく欠けている、釜肌がもっと侘びて荒々しい。ドラマの釜もアップになったのを見ると、羽も多少は欠いていますが、一文字ふたで全体的に大人しく整いすぎで「命の次に大切な茶道具」には、やはり見えない。茶道指導のタイトルには、「女城主直虎」と同じ東京杉並在住の裏千家の先生が名を出しておられますが、高名な先生やNHK美術部をもってしても丁度良い品は、手に入れるのが難しかったのでしょう。

 釜そのものも、ともかく、私がもっと気になったのは、松永久秀が釜を素手で抱き上げ、なおかつ、ペタペタと掌で釜肌を叩き撫でた事です。今なら、先生から厳しく叱られる動作、釜は素手で触ってはいけないというのは基本で、戦国時代でも、もう当然、そのルールはあったのでは?せめて帛紗を使えば、敬意を払う名物道具らしく見えたのではないかと思います。この後、ドラマは本能寺の変に進むわけですが、変の前夜の織田信長の名物揃えは描くのかどうか、「女城主直虎」の時は、かなり酷かったので、心配しています。今回、今井宗久が、信長の前で、名物道具の値を決める場面も、何か危ない道具が出ていたようなので。

 素人が、いつも勝手な言をと、関係者に怒られない内に切り上げましょう。明日は、ブログを休みます。

  萍亭主