ブログの上の茶陶の旅、最初は京都に立ち寄りたいと思います。
京焼は、勿論、茶陶の中心地の一つではありますが、非常に幅広く、食器、日常用器、鑑賞陶器といろいろあり、永楽家はじめ茶陶専門の家も多いですが、茶陶専門の窯業地とも言えません。今までにも取り上げられる機会は多く、雑誌「淡交」では、今年、一月から毎月、京焼の名工を特集していました。そのメンバーはというと、野々村仁清を最初に、尾形乾山、奥田穎川、青木木米、初代清水六兵衛、初代高橋道八、仁阿弥道八、永楽保全、尾形周平、真葛長造、初代清風与平と来て、これなら誰も文句を言いわないメンバーの並び、12月号は誰になるのかと楽しみにしていたら、今までの、個人、歴史順でなく、修学院焼でした。え?という感じ、どの名工が選ばれるのか、予測出来ず、難しかったのですが、「淡交」の方もそうだったのか。あと一人選ぶとしたら誰なんだろうと考えてみました。
現在も人気があり、作品も多く残り、九谷焼での指導などの業績から、永楽和全でしょうか。ただ考えてみると、父の保全を取り上げた以上に、独特な何かがあるわけでもないと言えばそうです。青磁で名工と言われ、帝室技芸員(現代でいうと人間国宝)まで上りつめた初代諏訪蘇山を入れてもいいし、同じく帝室技芸員になった初代三浦竹泉は、とも思いますが、明治期の人であるのが、他は江戸時代の人だというのがネックなのでしょうか。功績という点では、京焼に染付磁器を初めて導入したという和気亀亭家を入れてもいいと思うのですが、歴代の事績が今ひとつはっきりせず、作品がどの代か特定しづらい、名工という感に乏しい、茶道具をそれほど作っていないなどががネックなのでしょうか。
そうなると、欣古堂亀祐(きんこどうきすけ、かめすけとも読む)を入れるのはどうでしょう。明和2年(1765)、伏見の土人形を作る丹波屋に生まれ、奥田穎川に学び、同門の青木木米と並び称された名工です。「木米の型物成形・彫刻的加飾を考えるとき、その影響を無視出来ない」のが亀祐だと、中ノ堂一信氏は「京都窯芸史」で言われていますが、摂津三田焼、丹波王地山焼、紀州瑞芝焼を指導し、日本最初の焼き物技法の書「陶器指南」を書いてもいます。天保8年(1837)に歿しました。特に青磁に優れましたが「正に木米に比肩すべきものなれども、其の居多く僻地にありしを以て、木米の如く世に知られざりしは、遺憾とするところなり」と、昭和初期に出版の「日本陶器全書」は評しています。しかし近年、陶磁学界では評価が高いようですが、まあ、木米、仁阿弥、保全などに比べ、骨董商やオークションで作品を見かける(真贋はともあれ)ことがなく、展覧会か美術館でしか作品にお目にかからない(私はですが)、その辺がダメなのでしょうか。私が以前ブログで噛み付いた「茶道具名工・作家名鑑」(淡交社)にも、この人の名は落ちているので、淡交社系では、評価が低いのかも知れませんね。
上の写真は、2006年、京都国立博物館で「京焼」の大展覧会があった時、出品された欣古堂亀祐作の象型大香炉(専修寺蔵)です。当時のカタログから拝借しました(無断で御免なさい)。名人芸がわかる逸品ですね。
萍亭主
