茶の湯の長い歴史の中では、種々の変化があったわけで、今に伝わらないものは一杯あります。珠光の使ったという道具が、今に伝わるなんてのは、茶の湯の凄いところですが、珠光がどんな点前をしたやら、どんな茶室を作ったやら、具体的なことはさっぱり判らない。それを文献の端切から、ああだこうだ研究するのが、茶の湯文化学歴史学なんでしょうが、それはそれで別の面白さはあるでしょうが、現実の茶の湯にどう影響するか、いささか疑問です。昔はこうだったと言っても、じゃあ、それを今の茶の湯でやって見ようよとしない限り、現実の茶の湯には影響はない。大体、行われなくなった事というのは、何かの原因があるわけで、面白くない、手に入りにくい、時勢に合わなくなったというようなことでしょう。高橋箒庵が楽曲にことよせて、言っていますが「古典保存と称して古めかしい楽曲を復活しようと試みる者がいるが、滅びゆく曲は、いかに鼓吹しても世間の歓迎を受けることは出来ない」、つまり、面白くないものは滅ぶというのですね。
よく「不易流行」論者で、不易の部分(たいていは精神論的な面)さえ、しっかり守れば、流行(大概は表現部分を指す)にのって構わないという人もいますが、茶の湯の場合、「生活に即した茶の湯を!」とか、「実生活に茶の湯を取り入れよう」というスローガンを聞くと、結構な事とも思いますが、不安にもなります。「躙口を入ったら日常とは違う別世界」というのが、茶の湯のよさでもあるわけで、それとどう折り合いをつけるのか、悩ましい問題です。大衆化するためには、ハードルを下げねばならないし、下げすぎると逆に魅力や有り難みが薄くなるという、今も昔も、家元たちなど指導者は、この辺のことを、どう考えて来たか。日常生活は、利便性と経済性、快適性にに大きく左右されますが、趣味である茶の湯は、それほどには左右されずにいるかも知れませんが、90年代のバブル以降、日本人の日常生活は激変、ウオシュレットが普及して、普通の洋式さえ少なく和式は姿を消すようになり、洋式食卓に卓袱台(ちゃぶだい)が、ベッドに布団が駆逐されて行く日常の中、座れないんだから、立礼を中心の茶の湯にしようとか、炭の使用はやめて、経済性利便性から電熱でしようとか、未だならないのは、そう指導する家元もいないからで、誰か、そういう指導者が出たら、わかったものではありません。もっとも、自発的に、そうならないのは、風情を楽しむという日本人的感覚のせいもありましょう。
しかし、嫌な想像をすれば、万一、コロナとの共生が永遠に続いたら、濃茶の飲み回しは出来なくなるでしょう。懐石の作法(千鳥など含め)も変わらざるを得ないでしょう。蹲も廃止かも知れない。そうなったら、何か新しい方向を、指導者は示さないわけには、いかなくなるでしょう。一体、これから、どんな茶の湯の世界が来るやら、それとも元の昭和平成の茶の湯に戻れるのか、私は息を潜めて見守っているわけです。
小難しいことは、このくらいにして、次回からまた、今、忘れ去られているもの、存続が危ぶまれるものを、アットランダムに考えて行こうかと思います。
明日はブログは一休みします。
萍亭主