コロナの猛威は収まりそうもありません。空気感染説を公表する学者も出て、一体、これからの茶の湯はどうなるのでしょう?
お稽古場は、各流どうやら再開しているところもあると聞きます。ただ、長距離の人、高齢の人、潔癖性で心配症の人などは、お休みされている例も多いと聞きますが。茶事教室を始められた方もあるようで、詳細は聞いていませんが、どういう風になさったのか、濃茶は各服点だったのか。
前にも書きましたが、コロナと共存の社会と言われてしまうと、大寄せ茶会の再開はなかなか難しそうです。今まで、多勢の密集、密着は当然(ことに小間などでは)、密室も茶の湯の特徴なので、これをどう改善するの?と考え込んでしまいます。何にもせよ、大寄せは、不特定多数の、見ず知らずの人の集まりということでは、他のイベントものと大差なく、飲食も伴う点では分が悪い行事です。
これからは、やり難い、やり易いは別に、戦前や明治、江戸の頃に戻って、お茶事の世界になるのじゃないか、なんたって少人数の集まりで、基本、見知らぬ同士ではない事が多いのですから。それでも、考えて見れば、いろいろネックが出て来る。濃茶の各服点はまず誰も考えるでしょうが、口を触れる云々ではなく、他人の触れた器物に触れるなという、厚生労働省的指針で言うと、戸、襖、障子もよく消毒しておかなければならない。寄付きで、お詰が白湯を汲み出しをするのはやめて、亭主側の持ち出しにする。蹲の手水は、柄杓が共用という事も含め、省略の方がいい?或いはここを新方式で消毒液でやる?懐石も、亭主から渡されるものは、これはレストランで給仕から渡されるのと同じと考えて、信用する以外ないでしょうが、
でも飯器の取り回しや、同じ箸で取り廻す焼き物鉢や香の物はどうする??八寸はいいとして、千鳥は、濃茶と同じ論理で、当然アウト、お杯を拝借じゃなく、何かの新方式を考えないといけなくなる。湯桶も飯器と同じこと、他人の手に触れたものに触るなということを徹底したら、拝見もあり得なくなる。
本来、茶事は、知り合い同士、中には初対面の客が混じるとしても、信用の上に成り立たないといけないので、発熱や体調の悪い人は当然不参加というだけで十分としたいのですが、陽性でも症状が出ないで他人に感染させる場合があるのがコロナだと脅かされるので、それじゃ検査を受け、陰性の証明書を持った人が集まることという、あり得へんことになる。論理でゆけば、陰性証明書だって、前日とは言わないが、一週前くらいまでの検査でなきゃ信用出来ないとなるので、果てしがない。やはり、あまり怖がらずに、日常の買い物に行く時の注意条項を守ってやって行こうとしないと、茶事どころじゃない、茶の湯全体が死に絶えそうな気がします。
萍亭主