先回の続きですが、落語「はてなの茶碗」は、上方種の落語ですが、江戸落語でも行われます。江戸の方が「茶金」のタイトルなんですね。

 同じ種の落語でも、普通、舞台を、それぞれ江戸、上方に移し替えて演ずるものだそうですが、これは珍しく、江戸落語でやる場合も、舞台は京都になっています。そりゃそうでしょうね、この時代、天皇は京都にしかいませんから。私は、古今亭志ん朝が演じたのをCDで聴きましたが、桂米朝の演じたのと違うのは、主人公の油屋が、八五郎という江戸っ子になっている事、茶金の店が木屋町にある事、関白の名が鷹司でなく、近衛である事が違い、茶碗の金高も違ったりしますが、一番違うのは、関白の詠む「清水の音羽の滝の云々」の和歌は、茶金が詠み、関白は「音なくてしたたり落つる清水焼はて名の高き茶碗なりけり」と色紙に書き、天皇が箱書だけでなく「もりいでし岩間の清水流れ来て世に伝わりて涯(はて)なかるらん」と御詠の短冊を添える。これで評判と値打ちが上がり、セリで千両に売れる点です。

 個人的感想ですが、この噺は、上方の方がずっと味がある。桂米朝があんまり上手いので、古今亭志ん朝も名手で私は好きなんですが、どうも見劣りがする、というより舞台の上方の雰囲気がやはり出て来ない。付け加えられた二種の和歌も、あんまりいいとも思えない、ことに関白の方は、狂歌過ぎましょう。米朝の描く、茶金の柔らかい物腰の描写など、いかにも茶道具屋らしい、こうだったんだろうなと、私の数少ない経験ですが、上方老舗の主人を見た記憶と重なります。このブログの書きはじめに、どうしても江戸東京の茶の湯は、京上方の茶の湯に敵わない処があると、ひがみっぽく書きましたが、こんな辺りもそれですね。

 話は違いますが、志ん朝の父の古今亭志ん生が、「茶金」をやる枕に、「茶碗にもいい茶碗があります、柿右衛門とか、ノンコウとか」と言っているのを聞くと、茶碗といったて、こういう並べ方をされちゃ、抹茶と煎茶の別がわかってるのかなと、不安になります。

 上方落語の桂枝雀、桂文珍その他、7、8人の演じる「はてなの茶碗」をチェックしてみると(今は便利ですね、子供に頼むとすぐネットで探せます)、それぞれの工夫で演じ方は変わっていますが、「湯呑」と表現する演出も二人ほどあり、どうもこれじゃ、最初から名器の感じがしない。「煎茶茶碗」と言い切っているのもありますが、仕草が抹茶茶碗を扱う手付きに見える。帝の染筆が、わざわざ「蓋の裏」にという演出は、箱書の作法を聞きかじったものか。

 いずれにせよ、いい茶碗というと、抹茶茶碗のことしか思い浮かべない茶湯好きの悪いところと言われれば、一言もないのですが、私には、好きな噺ではあるものの、美味しい物を食べた後、歯にちょっと何かが挟まったような感触が残る噺ではあります。

  萍亭主