妻がつけている備忘録を見せて貰ったら、我が家が、最後に時外れの茶事をやったのは四年前でした。

    我が家の悪い癖か、良い癖か、何かを試みると、集中してやってみて、その後は、また別のことに目を向けるというところがあって、時外れも、これ以前に2、3回はやったろうと記憶しますが、その時は、そんなに点心(懐石)を、今風には、しなかっただろうと思います。四年前の時は、懐石の出し方を今風にしようということでやったわけで。

   やったのは、五月五日、六月二十三日、七月七日で、各日、午前10時半と午後2時からと、二回行っています。一回づつ別日にやるより、楽だろうという結論で、こうやったんだと思います。お客は毎回四人。勿論、趣向は日毎に変えたのですが、懐石は、基本的には、そう変えませんでした。六月と七月は二週間の差なので、全く同じにしたかと思います。

    どう略式にしたかというと、初座で、まず丸い吸物膳に、古伊万里の染付小鉢に鰹の向付、出石焼の白磁木の葉小皿に、八寸として、カラスミ、空豆、河豚の卵を少量、この二種と引き杯をつけて持ち出し、南鐐酒次で、初献だけ亭主が注ぎ、後はご自由にで、蓬麩の煮物椀を脇引きで一度に持ち出して、亭主は一度退き、二の膳(主膳?)は春慶塗折敷で、古伊万里の飯碗に筍飯、汁椀に浅蜊の味噌汁、黒釉金彩四方皿に牛肉の味噌合わせを載せ、持ち出して、吸物膳と替えてしまいます。刷毛目鉢に香の物を盛って出し、酒次も補充します。亭主は又一度退出し、頃合いで膳を引きに出、その時に脇引で生姜と松葉昆布の小吸物椀を持ち出して配り、飲み終われば、炭点前ということになります。以後は型のごとく、菓子、中立、後入りの後は、濃茶から続き薄茶で終わります。2時間半ほどで終了。千鳥の献酬もやらず、汁替え、飯替えなどの手間もなく、吸物膳と二の膳を箸も含め総取っ替えすると、持ち出しや、一々に椀を付けるなどの手間がありません。勿論、飯も汁も盛りきりで失礼。

   六月から後は、吸物膳は四方、向付はガラス鉢で鱸、八寸は鍋島小蕪皿で中身は同じ、

二の膳は杉木地折敷に、飯の中身は雲丹御飯、味噌汁はアオサで、後は変わりはなくやりました。

   やり終わっての反省は、煮物椀は出さない方が、正午の正式茶事との差別も出来、良かったあのかなと。煮物椀の中身は軽くはしたのですが、やはり品数など、少しでもご馳走を出したいという余計な欲求のため出してしまったのでしょう。まあ、煮物椀は主菜と言われますが、これを省くのも潔いかと。

   このやり方は、やはり飯後(菓子茶事)というより、時外れが相応しい内容かもしれませんが、勿論、これがベストとか、革新を極めたとも思えない、ただ、応用範囲の一例で、ご紹介したまでで、お笑いください。

    明日は、ブログ休みます。

           萍亭主