前回、違う人の逸話を渡辺驥(すすむ)のものと誤ったことを訂正させて頂きましたが、お詫びに渡辺の逸話を一つご紹介しておきます。近代数寄者に詳しい方は例によりご存知ではありましょうが。
ある日、渡辺は安田松翁(当ブログ「下手がる茶人」参照)の茶会に招かれ、例により正客になりました。一通り終わってから、渡辺は先程の炭点前に使った香合を、もう一度見せろと要求します。正客の所望ですから、主人は香合を持ち出します。それは、染付の張甲牛という唐物の、香合番付にも載る形物の名品です。しかつめらしく見た挙句、香合を返しながら「これは偽物だよ」と言い放ちました。一説には、毛が三本ほど足りないから(牛の絵に)と言ったとも伝えます。
茶会の客になって、出て来た器を、実際にどうであれ、偽物と決めつける、そもそもそんな発言をする客は、まず考えられません。いい度胸というか、礼儀知らずというか、率直さを感心すべきか、人により感想は様々でしょうが、渡辺らしい傍若無人さです。
ところが、返された香合を、主人の松翁は、いきなり正座の膝の下に置き、身体に力を入れ、割ってしまいました。驚く客に、松翁は「そもそも、この香合は、夜店など怪しげな所で手に入れたものではなく、れっきとした道具屋で買ったものです。このままにしておけば、また悪さをするでしょう、後世のため、この成敗、お見届け下さい」と従容として言ったのです。流石の渡辺も気を飲まれ、何も言えなかったといいます。剛腹な渡辺ですが、安田松翁もそれを上回る気性を秘めていたのでしょう。
前にも書きましたが、渡辺は、小堀遠州伝来の道具を買い占めた時、資金は安田から借りたといいます。そういう借りがある相手にでも、平気でこういう発言をするところに渡辺の性格が窺えます。この逸話は、香合割り茶会として、安田松翁を主役に伝えられました。
またいずれ。
萍亭主