焼き物の贋物で厄介なのが、織部、志野、黄瀬戸といったいわゆる美濃陶器です。
織部焼は古田織部の指導で、慶長年間(1596〜1615)に始まり、これが高価に取引される織部焼で、結構沢山焼かれたと見られますが、17世紀前半には焼かれなくなりました。19世紀に入って、瀬戸の加藤春岱、春宇などの名工が復活させました。これが現在は、再興織部と一部では呼ばれます。その後、茶の湯の隆盛に伴い、明治から大正期に、織部は瀬戸で多く焼かれました。再興織部も含め、無印のものも多く、それらが古い織部焼に化けていると見られます。
織部の難しいのは、そのデザインが斬新で、奇抜で、現代的で、文様、絵柄で新古を判断するのが困難な点にあります。新しく見えて古く、古く見えて新しい、再興織部でも、もう時代色はかなり付いていますし、素人は騙されや付いものです。
私の母が持っていた織部の香合があり、私はこれは古い織部ではなかろうと思ったのですが、念のために道具屋さんに見て貰った事があります。結果はやはり古くないものでしたが、その時の道具屋さんの言葉が印象的でした。
「いい香合だと思いますが、この手のものは、みんな贋物扱いされてしまうんでねえ。これだって、作行きは良いし、ほんとは茶会に使えるんだけど、どうもねえ」
再興織部でも、春岱なら春岱とはっきり印があり、箱もあったりすれば、名工の作として、それなりの値で取引されるのですが、印がないばかりにです。作った方は、贋物を作る気はなく、写し、或いはそれなりのオリジナルを作ったつもりだと思うのですが。使う方で、古いものではありませんが、と断わって使えばいいんじゃないと道具屋さんに言うと「でも、そうすると、なあんだという客が多いでしょ」というのが道具屋さんの言葉でした。結局、道具屋さんとしては、商売にならない品という事なのでしょうが、作行きは良いのに、真贋の狭間で使用されないのは、道具が可哀そう、使う側がちゃんと見識を持って使えばいいと思うのですが。ちなみに、古い織部は、再興織部の10倍はしましょう。再興織部は、よくわからない織部の4、5倍はするんじゃないかと、素人考えですが。だからといって、作者の意がそうでなかったのに贋作扱いされる品も可哀そう。
志野も、織部と同じような歴史を辿りますが、再興織部と同じに瀬戸の名工たちが
作った志野は、それなりに評価されますし、印のないいわゆる贋作は、技法の難しさからか、案外少ないともいいます。ただ昭和期の窯跡発掘ブーム以来、発掘品のかけらを繋いだ品が、あるとも聞きます。
黄瀬戸は、もともと、向付か、鉢くらいしかなく、贋作は少ないと聞きますが、油断大敵かも知れません。
さて、作者のわからない古いものの贋作話は、まだありますが、ご退屈でしょうから、このくらいにして、有名作家の贋作を次回から探りましょう。
萍亭主