ご承知のように、箱書のある箱が一つではなく、その外に更に箱がある、二重箱になっている品もあります。勿論、内箱がオリジナルで、外箱が後世のものですが、何故、こんなことをするのでしょう?

   最初の箱が古くなって来たので、保護のために外箱を作り、それに書付をした。多分これが本来の形態だったと思うのですが。或いは先祖が箱を書いた茶器が素晴らしいので、自分も先祖と同じく箱をして、この品の格式を高めたい、我が家に伝来している重みを強調したい、そんな家元もいたかもしれません。でも多分、この内箱の書付は本物だよと証明するために、他人から請われて書いたものも多いんじゃないでしょうか。古い時代の人の箱にlは、同じ流儀でなくとも、家元が外箱をするケースは時にあります。表千家の覚々斎の内箱に裏千家の淡々斎が外箱をするとか。ただし、近代の家元間では、相互乗り入れはしないようです。

   茶道具には銘を箱書する事があります。茶人自作の竹花入や茶杓は99.9%、銘がありますし、茶入も箱を書く以上、銘をつけるケースが多いようです。茶碗は、高麗、楽系が圧倒的に多いように思いますが、箱書のある茶碗全体では、私のアテにならない直感では、銘は三割位でしょうか。釜、水指に銘を付けるのは非常に珍しく、薄茶器も殆どありません。蓋置、建水は私は銘のあるものを見た事がありません。

    銘は、茶席では雰囲気を支える重要なものという認識では、皆さん一致しているようですが、茶器についた銘が使いにくい、どうも好きじゃないという時、追い銘と称して、新しい銘を家元に付けてもらう場合、そういう理由で、外箱が発生します。

   一度、十三代家元の箱に、十四代が外箱をし、それに並んで十五代が添え書きし、更に十六代が外箱をした三重箱の茶碗を見た事がありますが、正直、何故この様な事が必要なのかわかりませんでした。格式を上げるためなのか、値段を上げるためなのか。

   近代、家元の在位が長いと、箱書の数は当然多くなる傾向で、それだけに珍しくなくなります。箱書の氾濫は社会問題(茶の湯の世界の)にはなっていない様ですが、どこかで見直される事はないだろうか、注視しています。伝聞なので責任を持ちませんが、表千家の即中斎宗匠は箱書が多く、今でも茶会に行けば見ぬ事はないくらいですが、ご本人が晩年、書き過ぎを自省して、茶道具はもっと自由でいいと、箱書を控えたと聞いた事があります。裏千家の坐忘斎家元が就任後、二、三年目でしたか、「淡交」誌上に「今後、箱書は辞退したい、作家に対しても失礼な場合があるので」という趣旨の発言をされて、大きな反響を呼びましたが、事実、一時は箱書が減った印象もありましたが、現在は普通に箱書を受け付けておられるようです。

   さて、箱書の多さは、証明書的性格を持つということで、遠因は、やはり茶道具に贋物が多いという事が一つの要素になっているのかも知れません。そこで、次回からは茶道具の偽物について考えてみたいと思いますが、明日はブログはお休みにいたします。

        萍亭主