前回に引き続き、日曜日に行きましたお茶会のご報告です。
大寄せ茶会なので、後二席ありました。
一つは真の間に上がる玄関の大土間を仕切って立礼席。茶道会館で、この使い方を見るのは久しぶり。もっとも年に一回位しかここには来ないので、こういう使い方は案外普通なのかも。席主は裏千家の方、趣向は近江八景だそうで、床は「矢橋帰帆」の和歌懐紙です。幕末から明治の冷泉家当主の書だとか、署名がないので古歌かも。大山蓮華を古銅龍耳花入に入れ、香合は瀬田の唐橋の連想で擬宝珠形の容器、先日の即位式での関係者に配られたものだという貴重品で、たまたま私の入席の折のお点前をなされた方の夫君が、侍従職でその縁でと。船形の菓子器で餡を包んだ菓子を頂戴、御園棚には先代畠春斎の富士釜と大きな阿古陀(カボチャ)形の水指。タイの雑器の見立てです。茶器も見立ての螺鈿中次、茶杓は珠徳形の象牙。
面白かったのは、コの字形の客席に数茶碗を出すのに、まず、お詰から運ばれ、お詰の方もびっくりしていましたが、ご説明では、お詰は何時も最後になり、気の毒なのでそこから運ぶのだとの事。京都の家元の茶会でそうしていたそうですが。以降、数茶碗の出し方は本当にアットランダムで、私は詰から三番目に居ましたが、ラスト近くに頂戴でした。不公平にならないように、数茶碗は全て一点ものだそうで、通次阿山、吉村楽入、手塚充、九谷焼などの色絵が出されました。主茶碗は最近の茶席では珍しい、金正玉、池順鐸などの韓国陶器です。
能弁なご亭主で隅々まで行き届いた御説明がありましたが、難を言えばお客との問答がなく、一方通行の独演会気味のこと、私の感想では、こういう知的なご亭主が裏千家さんには多いように思います。大寄せ茶会の難しさですが、説明がどこまでやったらいいか、初心もベテランも入れ込みだけに、見極めが大変で、おっとりした茶会の雰囲気は作りにくいものです。
表千家の席がもう一席ありまして、何とかいう会の受持、龍庵で薄茶、この席は、にじり口があり、昔入った記憶では四畳半台目だったように覚えていましたが、改造されたか中板のある六畳でした。
床は、この前隠居された而妙斎の家元時代の書「白雲起峯頂」の一行、河原撫子他沢山の花を入れた檜木籠を掛け、香合は家元好みの乱れ桐蒔絵の竹材。角谷莎村の朝鮮風炉釜に、先代高橋楽斎の信楽水指、即中斎が深山路と銘を付けているとか。水指の銘は珍しい。茶碗は十二代坂倉新兵衛で、窯変が面白い萩、替が九代長左衛門の大樋飴楽、真葛香斎の乾山写し、全部家元の箱付き。棗は而妙斎在判の唐松文様、茶杓は即中斎の銘四季の友。
この席は正客にさせられましたが、ちょっと弱ったのは、ご亭主が何を伺っても、殆ど水屋の方と確認されてから、返事をなさること。グループで釜を掛け、持ち回りで亭主をなさると、こういう事態はよく起きますけれど。何でも全部、会の先生のお道具で、その先生の今日は祥月命日とかで、床に献茶がしてありました。遺影でも飾られても良かったのに。床は箱書が一杯並べられ、表千家さんらしい道具組で、非の打ち所がないのですが、あえて言えば、紋切型で面白味に欠けるとも言えます
珍事は三客の替が出された後、次客に替が点てられる前に、数茶碗が次客に運ばれ、替茶碗の行く先がなくなったこと。これも水屋が連合軍だとよくあることですが。
ともあれ、諸流入れ込みの大寄せは久し振り、道具屋さん主催の会にしては、売りたての会場なども設けず、清々しい感じで、あっという間に面白く半日を過ごさせて頂きました。
萍亭主