淡交社の「茶道具の名工・作家名鑑」、画期的かもと褒めておいてイチャモンをつけるとは何事か!と怒られるでしょうが。でも私にはやっぱり不満があるのです。どうも内容、人選に不満がある。担当編集者から見れば、予算の問題とか、紙数に限りがあるとか、主観の相違だとおっしゃるでしょうが、画期的だからこそ、余すところなく作家を集めて作って欲しかったなと思うんです。その不満を並べると

   第一    近・現代の作家で、今も作品がかなり流通しており、他の掲載作家とのバランス          

           から見ても載せていいのではと思う作家があること

    第二    関東の作家の人選が厳し過ぎないからということ。

    第三     江戸時代の作家を、もう少し載せてもいいと思う事。

    第四     歴代を千家十職は全部紹介しているが、他は全部紹介しなくてもいいけれど、    

            歴代の中の選び方が、ちょっと変だなと思うことが多いこと。

  現代作家の選び方は、どういう基準かわかりませんが、いわゆるブランド作家、古くからの窯元ばかりでなく、現在、新物道具屋で目に付きやすい作家も選ばれているようで、この方針には私は賛成なのです。自分が 買おうかなと思う品の作家を知ることは意義があります。ですから同様に大正昭和に活躍した作家で、作品が多く今でも骨董店でよく作品を見かける作家などは、やはり取り上げてしかるべきかと感じます。以前、あるカルチュア教室で、後ろの席のご婦人達の会話が耳に入りました。一人が骨董屋か、もしかしたらリサイクルショップで買ったらしい茶入を見せながら、「ね、いいでしょう、形もとてもいいし」「ほんとね、景色もいいわ、誰の作なの」「それがわからないのよ、印があるんだけど、茂生って見えるの、しげおって読むのかしら」「どこの人?いつ頃の?」「わからない、茶道辞典引いてみたけど出てなかった」そんな会話の後、一人の「じゃ、お茶会に使えないじゃない、窯元がわかんなくちゃ」の言葉に、茶入を手に入れたご婦人はクシュンとなっていました。万古焼の写し物の名人と言われた清水茂生だな、と思ったのですが、見ず知らずのご婦人達の会話に割り込む勇気がなく、教えてあげられないまま、茶入にもご婦人にも可哀想なことをしたと悔やんでいます。茶道辞典に載っていないのは当然ですが、当時の陶芸作家名鑑を引いても、タイムラグで載っていない名前、こういう時、すぐわかる名鑑があったらいいなあと思ったものです。

   そんなことを言ったら、星の数ほどいる作家を載せきれない、紙数がないとまた怒られるでしょうけれど、そこをなんとかと。

   ついでですが、この本、上段と下段を写真スペースにするというデザインで、その写真が枚数が少なくパラパラで、褒めて言えばゆとりのある今時紙面ですが、ここにも記事を書けば、まだ内容は増えるのにと思います。

   さらに、余談ですが、この本のタイトル、名工と作家ってどう違うの?名工が過去の人で、現存者が作家?昔、小説家藤原審爾が喝破した「 先生、先生と奉られてそっくり返っているのが陶芸作家で、黙々と良い品を作り名前を気にしないのが陶工である」ということと同じ意味ではありますまいが、なぜ、名工・作家と並べたのかなあ?

  次回は具体的に。無い物ねだりということは承知の上で、この人を入れて欲しかったというのを。恐れながら、この本の補足として役立てば、と。

      萍亭主