君は茶の湯のどの部分が一番好き?と訊ねられたら、あなたはどう答えられますか?
私は、「道具鑑賞」と躊躇なく答えます。茶会に行く楽しみは、「どんな茶席だろう?どんな趣向の席かな」と想像しながら行くわけですが、今日はどんな菓子かな、お茶は、とは正直まず想像しません。お茶事だと、多少懐石に想いを馳せたりもしますけれど。初体験の所だと、茶室が見られるという、わくわく感はありますし、未経験の流儀だとどんなお点前するかと楽しみにしますが、まずは普通は、趣向を、ということは道具に期待してしまいますね。つまり、私は茶道具好きなんですね。
人をもてなす喜びを「亭主七分の楽しみ」というわけですが、いろいろ準備し工夫する、その工夫の中には当然、道具もあるわけで、どう道具を組むか思案する苦しみも楽しみの一つでしょう。
初心のうちは、お点前をすることに気を取られがちですが、多くの人は茶道具の面白さに興味を覚えて行くものだと思います。先生の導き方にもよるでしょうが。
偉そうにいうつもりはありませんが、茶道具に目覚めると、絶対茶の湯の楽しみは倍増します。茶道具を研究すればするほど、楽しくなりますが、同時に難しくなります。大体、茶道具は間口が広い。書画、陶芸、漆器、竹芸、木工、金工、ガラス、羽根、織物、七宝と素材の種類も様々なら、品の種類も、軸、花入、茶入と多岐にわたり、全部に通じるのはプロでも大変でしょう。
一般的にまず興味を持たれる部門は陶芸のようです。茶碗という手に触れ口に触れる道具が、やはり最初に親しみやすいせいでもありましょう。中国か、朝鮮か、日本かという産地から始まって、日本ならどこの焼き物か、備前か、瀬戸か、何焼なのか、そして作家は、あるいは時代は、と、かなりややこしくなります。ご承知でしょうが、茶道具の作家は近世より前は、ほとんど個人名は伝わっていません。近世(江戸後期)も名前は残っても伝承はあやふやな事例が多い。漆工や竹工だと、陶工に比べればずっと名前が残らず、近代以降でも、たとえ箱に名前が書いてあっても「さあ、どこの人でしょう、大正頃かなあ」などと道具屋さんが首をかしげる事態がよく起きます。
ともあれ、私などのように、古名器に接する機会は美術館以外なかなかなく、買うこともまずない場合、近現代の茶道具を知っておくことも大切になりますし、大方の人もそうだと思います。道具を買う時にも知識は必要でしょうし、何より道具を使う時、その作家のことを知っておく、いわば顔が見えることは、道具への親しみ、愛着が深まることだと思います。
さて、去年のこと、平成30年11月に淡交社から「茶道具の名工・作家名鑑」という本が出版されました。ある意味、画期的かしらんと思ったのは、今まで陶工名鑑のようなものは戦後、いくつか時代によって出されていて、私の手元にも確か四、五種類くらいありますが、漆工や金工などまで含んだ名鑑はありません。それに、陶工の名鑑でも、現代陶工名鑑のように、今、生きている人だけという編集でしたが(唯一、黒田和哉編集「茶碗窯別銘款」だけが過去の作者も入れています)、この本、「茶道具名工・作家名鑑」は、桃山時代の作者も載せるという時系列でも分野でも幅広い、そういう意味でも画期的というにやぶさかではありませんし、今、新物茶道具屋に作品が並ぶ作家も解説されて、私のように今時の情報に疎い者には有り難いし、一般にも役立つでしょう。でも、私は実はこの本にイチャモンをつけたいんですね。続きは次回に。
萍亭主