テレビや映画で茶の湯のシーンがあると笑ってしまうことがあります。民放テレビの時代劇は特に。一番笑ったのは、中柱のある小間の席で点前座に窮屈そうにデンと台子が据えられていた時でした。大体、お点前の方は、ばれないように(?)茶碗に湯を注ぐか、茶筅でかきまぜる、茶碗を出す、客の飲む動作あたりの段取りしか映さないので、ボロが出ることは少ない筈ですが、道具ではしばしばある。桃山時代なのに、綺麗な染付の水指が置いてあったり、信長が楽茶碗で茶を飲んでいたり、秀吉の御殿に華麗な仁清風色絵皆具が飾られていたり、白隠の有名な達磨図(もちろん複製)が元禄時代の床に掛けられたり、時代の合わないこと夥しい。考証の問題以外でも、茶碗などはアップになる率が多いのに、あまりに現代っぽいチャチな品で興ざめ。よくあるのが、信長が名物茶器を揃えている場面に、安物の箱や、とんでもない道具が並べられること、比較的チャンとしている大河ドラマでも「おんな城主直虎」で海老蔵の信長が本能寺茶会を前に道具をためつすがめつする場面では、ちょっとなあという感じでした。ま、高価な本物を揃えられないのは当然ですが、もうちょっと工夫がと思います。
大体、民放の時代劇は京都で撮影され、京都のことですから、スタッフがちょっと茶をかじっていたり、近所から知り合いのお師匠さんを連れて来たり、適当にするので、こんな結果になるのですが、大河ドラマは一応茶道指導とタイトルが出るので、ましな方ですが、限界はある。シビアに言えば、客の飲む作法だって、流儀がばれないことはない。ただし、これは言い逃れる道はいくらでもありますが。
その点、映画はかなりましなのでしょう。利休歿後四百年記念で作られた「利休」(三國連太郎主演)などは、三千家、藪内家が協力し、熊倉功夫先生他高名な先生たちが監修されただけあって、道具から何から素晴らしいものでした。
考えてみれば、点前だって、利休のお点前は誰も拝見したわけじゃないので、どうとでも言えましょうが、やはり文献などに基づいたそれらしさがあればいいなと思います。忙しいテレビ現場に望むのは無理でしょうか。
「 人のあら探しをするのが茶人の悪い癖」とか。この話題は打ち切りにして、明日はちょっと野暮用があり、ブログはお休みいたします。
萍亭主