「茶人」とは?辞書には、前回の解説の他にこうあります。一般人と違った好みを持つ人、一風変わった人、変人。

    江戸時代から明治、大正までは、「あれは茶人だから」と言えば、褒め言葉でなく「あいつ、変わり者だからさ」という意味で使われるのが当たり前でした。夏目漱石の「我輩は猫である」などにも用例があります。現在、こういう侮蔑的表現の「茶人」は死語になってしまったようです。でも、江戸時代後期の文献には、これが意外に出てくる。何故江戸時代の茶人は、そういう目で見られることがあったのか?それを、次回では考えてみたいと思います。

    話は違いますが、第二次大戦後は茶道(茶の湯)研究は非常に進み、茶道専門の学者も大勢誕生し、あらゆる部門の研究がされています。しかし、茶の渡来から利休時代までが主流で、江戸時代は、初期の小堀遠州、千宗旦あたりまではともかく、以降は松平不昧などいわゆる大茶人がスポットを浴びることはあっても、(そう言えば今年は歿後三百年で川上不白に脚光があたりそうですね)、一般末端の茶の湯にはあまり目が向けられないように思います。

  このブログでは、その辺を中心に無駄話をしたいのですが。ではまた。

       萍亭主