言葉は時代により変化しますが、さて「茶人」という言葉から、皆さんは何を連想なさいますか?
ある辞書によれば、茶の湯を好む人、茶道に通じた人、茶道の宗匠とあります。
今、実は日常の中であまり使われる言葉ではないですよね。展覧会や書籍の惹句などで「利休以来の大茶人益田鈍翁」とか「大名茶人松平不昧」とか見かけても、「あの人は茶人よ」という風に、日常会話の中で使われることは、茶の湯をしている方々の中でもあまり聞きません。
なんとなく、「茶道に通じた偉い人」というイメージで、ただ茶を好む人という風には使われないように思います。茶を職業とする人、つまり宗匠(家元クラス)も含めて、「お茶の先生をしてる」とは言っても、茶人とは呼ばないようです。茶道関係の雑誌の筆者の肩書に「茶道家」というのを見かけても「茶人」は見かけません。昔から自称ではなく、つまり、多少の畏敬を込めて使う言葉で、その中には、同じ辞書に茶人の四番目の解釈として載っている「風流人」という意味合いが多いと思われます。それも茶の湯の一つのイメージには違いないのですが、さて、同じ辞書には、5番目,6番目の解釈が載っています。でも、その使い方は、江戸時代や明治大正、少なくとも第二次大戦前まで会話の中に出てきても、今や全く死語になってしまっているのですが、皆さんはご存知でしょうか?その中から江戸時代の茶の湯に関する別のイメージも出てくるのですが。
それはまた次の折に。
萍亭主