味が自慢の馬背戸(ませど)米
大分県豊後大野市緒方町の馬背戸地区を走ると、こうした看板が目に留まります。馬背戸地区と言えば「馬背戸米」の産地。粘土質の肥沃な土壌に恵まれた米どころで、山間の棚田でも、無事に田植えを終えていました。
稲作のカギを握る大切な水は、隣接する竹田市の緒方川の上流、入田で取水され、この6連アーチの水路橋で緒方川をまたぎ、緒方町の馬背戸地区へと引かれています。
水路橋は「明正井路一号幹線一号橋」と呼ばれ、1919年(大正8年)に完成し、緒方町の明正井路土地改良区が管理しています。
水路橋は、緒方川に沿う県道6号線をもまたぎます。その力強さは、まさにパワースポットです。
水路橋を渡る水は、175km程先の緒方町や清川町の高台の田んぼへと流れていきます。
重厚な橋をトンネルさながらに車で走ると、その偉容さに、「トンネルを抜けたらどうなっているんだろうか」、「まさか、別世界だったりして」などと、ふと思ってみたくなります。
明正井路一号幹線一号線は、県下最長の90mを誇り、2002年には「土木學會選奨土木遺産」にも選ばれています。稲作に賭けた先人の、まさに魂の石橋です。
こうした水路橋は、竹田市には数か所で見られ、朝地町の若宮井路土地改良区が建設し、管理するものが2基あります。
こちらは、明治42年竣工の2連アーチ式、「若宮井路鏡水路橋」です。
祝!竣工から100年の笹無田石拱(せっこう)橋
そして、同じく若宮井路土地改良区の「笹無田石拱(せっこう)橋」です。幾多の苦難を乗り越え、この姿での竣工は、1917年(大正6年)ですから、今年で100歳ということになります。
並ぶように走るJR豊肥本線は、大分駅から順次開業が行われましたが、JR朝地駅(豊後大野市)とJR豊後竹田駅間の延伸開業が始まったのは、1924年(大正13年)ということです。
なお、1996年(平成8年)12月20日、「笹無田石拱(せっこう)橋」は、国の登録有形文化財に登録されています。
いずれの水路橋も、岡藩の時代から明治、大正、昭和、そして平成の時代へと農業資産、米づくりの礎として今に至っています。
豊後大野市も竹田市も、およそ9万年前の阿蘇山の大噴火の際、火砕流に覆われたそうですが、水路橋は、そうした地形が故の豊かな自然や誇れる景観の、もう一つのシンボルとして後世に残り続けることでしょう。