ガール・フレンドが戻ってきたのは午後の三時だった。彼女は格子柄のシャツに芥子色の綿のズボンをはいて、見ているだけでこちらの頭が痛くなりそうなくらいの色の濃いサングラスをかけ、僕と同じような大きなキャンバス地のショルダー・バッグを肩から下げていた。
「旅行の用意をしてきたのよ」と彼女は言って手のひらでふくらんだバッグを叩いた。「長旅になるんでしょ?」
「たぶんそうなるだろうね」(中略)
「あなたの旅行の仕度は済んだの?」と彼女は訊ねた。
「いや、これからさ。でも荷物はそんなにないよ。着替えと洗面用具ぐらいだからね。君だってあんなに大荷物を抱えていく必要はないんだよ。必要なものは向うで買えばいいんだ。金は余ってる」
「好きなのよ」と言って、彼女はくすくす笑った。「大きな荷物を持ってないと旅行してるような気がしないんだもの」
「そんなものかな?」
(村上春樹、『羊をめぐる冒険(上)』、講談社文庫、2006年第5刷、241-242頁)
耳の女の子の、チャーミングな、旅行の準備をして現れるところ。
これだけなんだけど、一緒に一本の煙草を吸って、老いぼれ猫と遊んで、素敵な日曜日の午後だと思う。
ここはお気に入りのシーンだ。