なんにもないまったくないめがかわくくらいよ | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで

十一時を回る。

ぼくは目の渇きを覚えて「スマイルピットDRYEYE」を

点眼する。


しかし、とぼくは思う。

「それにしても何も起きない。」


笑っちゃうくらいに何も起きないのである。


ぷ、うぷぷぷ。


はは、は。


わっはっはっはっはっ!


…笑っても何も出ない。


* * *


少しだけ、「したい」「する」「できる」について、

今日のどこかのタイミングで考えていたことを

書いてみたい。

ほんとに少しだけ、だけど。


「やりたくないからやらないんじゃない、

できないからやらないのだ」

なるほど、その通りであろう。

しかし、一方で、

「やらないからできない」ということもある。


また、「できる」あるいは「できない」ということを

ぼくたちは如何にして知るか。

それはもちろん「やった」か「やらなかった」ということの

観察を通してしかありえないのである。


「彼が何者であるかは彼が何を為したかによって

決定される」または「それが何であるかは事後的に

回顧されるかたちでしか与えられない」からである。


つまり「やらない」うちは「できる」かもしれないし

「できない」かもしれないのである。

「やった」ら「できた」ようだ、ということがわかるし、

「やらなかった」ら「できた」のかそれとも「できなかった」

のか、本当のところは誰にも知りえないのである。


よくわかんないネー、というのが穏当である。


* * *


諸賢は「焦がし醤油アボガドバーガー」をご存知か。

このごろ都に流行るようである。


これが、ほっぺたがトロンと落ちてしまうほどに

旨いとのことである。


ぼくはこれを是が非でも食いたい。


しかも、あの「期間限定」なのである。

くっ、黒魔術か。

こんなかよわい文学青年を相手取るのに

「期間限定」まで持ち出す必要があるのか!

どう戦えというのか…。



六月は近い。