どうして小説表現においては前提条件が常に正しいのか | 陽炎の帯の上へちらりと逆まに映る鴉の影―どーすかΩ

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この部屋の中にいるヤツに会いたいのなら もっと、寿命をのばしてからおいで

 実は、簡単な話しです。

答えは、「小説では読者が筆者の頭の中に入っていくから」。


表現とは主張であり、同時に主張の正しさについての信念の

表明でした*01


説得の場面において、「主張の正しさ」は「前提の正しさ」を

必要条件とするわけです*02

従って、表現者たる筆者は、前提の正しさを全面的に信じている。


小説の世界では、「前提が正しいこと」を隠れた前提として、

全てが構成されていきます。


だから、その世界内においては、(主張の)前提は、マスターキー

として通用するということになります。


*01:『どーすかΩのコミュニケーション論』ⅱの01)を参照のこと。

□どーすかΩのコミュニケーション論

http://ameblo.jp/hyorokun/entry-10324738111.html


*02:前提が間違っていると、相手に納得してもらえない。

□すべての表現は主張であり、潜在的に論拠と情報が付随する

http://ameblo.jp/hyorokun/entry-10348230753.html