インレーからカローまで | 手のひらの中のアジア

インレーからカローまで

ミャンマー ターズィーへの道


インレーからカローまでは3分の2が登りと言ってもいいハードな道のりだったが、ミャンマーの大地が一望できるダイナミックな景観が続く絶景のコースでもあった。

途中に通りすぎる小さな町では人々の交通手段として馬車が行き交い、日が照って暖かい気候の中、途中の山々には菜の花が咲き乱れる春爛漫といった風情を感じながらのサイクリングコースもあった。


カローまであと「20キロ」という表示。


20キロを切ると妙に嬉しくなって、俄然やる気が戻り、最後の力を振り絞る気力が蘇ってくる。


「よぉぉし!!」


しかしだ。


自転車の距離計をよく見ると予定の距離より短いのが気にかかる。


ここでも距離表示はおおざっぱで、タイのように数キロの誤差は気にすんなよ、ということなのだろうか。


でもそれでは困るのだ。


景観が素晴らしく気分も上々だったのはやはり前半だけで、後半、もう既に足がひくひくとつり始めている僕の体力にはあと20キロをなんとか走り抜くための体力の配分が重要だった。


いや、というより、ただ「やっぱり20キロじゃないじゃんよ・・」と落胆してドッと疲れる時の気分の悪さといったらたまらないものがあるので、それを味わいたくなかっただけなんだけれど。


こういう時、


「最初からあと30キロあると思えばいいじゃん」


「走ってりゃぁ、着くよ」


と楽観的に考えられる人の性格がうらやましい。


僕はなぜかそう考えられないタチで困る。


しかも1度気になり始めたらもうだめなのだ。


結局僕は近くにあった食堂で、そこにいたおじさんに聞いて見ることにした。


「カローまで何キロですか?」


おじさんはさすがに地元のこともあるのか、よく知っている様子ですぐさま答えてくれた。


「この道をまっすぐ行ってな、二手に分かれる道を左の方に進んでな、それからああ行って、こう行って・・まぁざっと20マイルだ。。」


「ほぉぉ・・さすがに詳しくて助かるな・・。


ん?


ちょっと待て。


最後、なんて言った・・?


マ・イ・ル???」


知ってはいるが、見なれない聞きなれない言葉がおじさんの口から発せられた。

確かにおじさんは「マイル」と言った。



そう、ミャンマーの距離表示はキロ表示ではなく、全て「マイル」表示だったのだ。


距離と行ったら「キロ」という前提みたいなものがあったし、マイルの文字が現地語で書かれているから、ずっと勝手に「キロ」だと思いこんでいた。


東南アジアの国がこれまでキロ表示で時折英語表示もあったから、ミャンマーも同じだろうと思っていたのだが、大間違い。


「マイルって・・・・そりゃまいるよ・・」


そんなギャグで洒落てみたところで、笑えもしない。


だいたい1マイルって何キロなんだ。


1.2だっけ、1.6だっけ、1.8だっけ・・。


約1.6キロだ。


ということは、20マイルは・・・。


一瞬、足がつった。


俄然やる気の出た数分前から一気に逆ブイ字型に気分が落ちこむ。


「32キロかろぉ・・」


心の中で呟く言葉がもつれて「~かよ」が目的地のカローとだぶってしまった。


さらにくだらない付けたしのせいで、よけい気が滅入ってきた。


寒すぎる・・。


とにかく、おじさんにありがとうと告げた後、僕はしょぼしょぼと走り始めた。


ふくらはぎをかばうせいか、あまりふん張りがきかない。


そこへ追い討ちをかけるように登り坂の登場ときた。


坂を登り始める前から、自転車を押して歩き出した僕は、そこから坂の頂上までの時間、何を考えながら足を進めていたのかまったく覚えていない。


ただひたすら一歩一歩せいやせいや、と自転車を押していただけだった。


ミャンマー 花畑


しかし、この苦しみは、ようやく登りきった坂道の頂上まで辿りついた時、終わった。


神は僕を見捨てなかった。


神は僕を助けてくれたのだ。


いや、正確には、女神に助けられたのだ。


いや、もっと厳密に言えば、女の子に救われたのだ。


いや、正直に言うと、ミャンマーのかわいい女の子に出会って、その子の笑顔で元気を取り戻した・・のだ。


頂上付近には小さな小屋があって、そこでは3、4人の若い男の子と女の子が道路脇に椅子を置いて腰かけ、通りゆく人々のチェックのようなものをしていた。


下を向いてもはや無の状態で坂道を登ってきた僕に、彼らは


「少し休んでいきなよ」


と椅子を提供してくれた。


頂上は風通しもよく、辺りの景色もひらけていてところどころ菜の花の咲く、開放的で爽やかな空気に溢れた場所だった。


疲れきって死んだようになって辿りついた僕にはまるで天国の花園でふわふわと漂い、導かれた場所のようだった。


そこへ1人の女の子が近づいてきて、僕に聖なる水と天使の微笑みを与えてくれたのだ。


それだけで僕は生き返った。


なんて単純なんだ。


たったそれだけのことだったけれど、でもたったそれだけのことで、僕はそれ以降カローまでの道のりを1度も「疲れた」という言葉を呟いた記憶がない。


意外とそんなもんなんだ、元気の源なんてものは。


「とにかく、カローに着いたんだ、これで良かろー。」


今日1日をそう締めくくったところで、相変わらずギャグは最後まで冴えなかった。


ミャンマーの大地