伝説のクリーンナップ
ここ最近、町は閑散として通りを歩く外国人観光客の姿もまばらに、市場裏のタイダム族、モン族の売り場においては来客は皆無に等しいほどになっていた。
「ヒロ、今日はファラン(外国人)来たかい?」
「う~ん・・2,3人は見たけど・・」
毎日話すタイダムのママたちの会話もお決まりになっていた。
そんな中、ノンボアのママたちは昼間もゲストハウス周辺の通りを行ったり来たりしながら数少ない観光客を捉まえては頑張って売りに励む。一方、市場裏で店を構えるシェンジュン村のママや女の子たちは相変わらずのんびりで十二分にくつろぎながら一日のほとんどの時間をそこで費やしている。こののんびりさ加減が好きでもあるのだけれど。
動きまわって少ないながらも確実にファランをものにするノンボアと、ぼやくわりにはのほほんとしたシェンジュン。
こりゃぁだめだ・・と苦笑いするしかないほどの違いだった。
しかし。ある時、その変わらないと思われた状況が一変した。
ある日、いつものように夕方まで村で子供達と遊んでいた僕がそのまま夕食をごちそうになっていた時のこと。ジャのお母さん、ボム、本名は違うが、しかしどこをどう見てもそのパワフルで大きな図体からして「ボム」だろう・・との話から僕らは勝手に「ボム」と呼んで覚えているのだけれど・・・、そのジャのお母さんボムが何やら荷物を背負い始めながら僕に言う。
「ヒロ、ゆっくり食べてけのっ。またあとでのっ」
「えっ、どっかいくの??」
「町だよ、今日はファランたくさん来てるしのっ」
カオニャオを手で握りながらもぐもぐと食べていた僕は思わず喉をつまらせそうになる。
大事件だ。
あのマイペースこの上ないシェンジュンのママたちがついにその重い腰をあげて夜の町へとくりだすというのだから。これまで彼女達がわざわざムアンシンの夜の町に売りに出るところなんて見た覚えのない僕にとってこれはビッグニュースなのだ。
町へ出るのはボム、ムヒ、オンママという3人。それに加えて特攻隊長という肩書きがふさわしい若き25才のウイママとその娘ウイ。
まるで特ダネスクープを掴んだどこかの新米記者のような気分で興奮した僕は、あわてて食事を済ませて皆と一緒に町へ戻る仕度をする。
これまでナン・ボア・アンの10代トリオが営業を名目に遊びにやってくる程度で誰も出てこようともしかなかったシェンジュン村からついに「伝説の3人」が立ち上がった。
ボム・ムヒ・オンママ。
おそらく、かつて若かりし現役最盛の時代に、やはり今のナン、ボア、アンのように夜の町でぶいぶいと言わせていたのは彼女達3人なのだ。新旧交代を済ませ引退、町へと出向くことはなくなった伝説の3人が今宵、復活を果たす。それはもう例えるなら、王・長島・5番が誰だかよくわからんが・・とにかくそんなビッグネームが揃って現役復帰するという日本でなら全てのスポーツ新聞の一面を飾るような話題に等しいほど、興奮ものなのだ。
僕らはシェンジュン村をセ・リーグ、ノンボア村をパ・リーグと呼ぶのだが、夜の町で「セ・パ」オールスターの熱い激戦が繰り広げられるとなればそれはもう視聴率80%並みの注目度。欧米人10人ほどのツアー客がレストランで食事をとるために姿を現したその夜、どっと押し寄せるようにノンボアの精鋭10名ほど、そして伝説の3人に若きメンバーを加えた新旧合同のシェンジュンが6~7名、静かなはずのムアンシンの夜の町はにわかに沸き立った。
村からついてきた子供達と一緒にいた僕はただ一人よそ者ながらその場にまざり、気持ちはもう「いけー!!やれー!!」のミーハーと化していた。それはもう話はプロレスに飛ぶが、かつて「力道山vsデストロイヤー」の街頭テレビ放送を食い入るようにして見入っていた昔の少年達のように。
伝説のクリーンナップは3人だけでも10人分のインパクト。それはノンボアはおろか、アカ族軍団 でさえも、か弱く見えるほどである。
激しい激戦の後、僕は伝説の3人にインタビューをする。
「どうだった・・?」
「ボーダイっ、ボーダイっ」
ぜんぜんダメだ、とぼやく3人であったが、顔に落胆の色はない。
心の中でにんまりとしつつ、数枚の20,000kip札を大事に腰のポケットにしまう姿がそこにはあった。
見事な復活劇を3者連続ホームランで華々しく飾った、そんな様子の3人。
にわかに沸き立ったムアンシンの熱い夜。
そして今日も伝説の3人はムアンシン、その夜の町をゆく。