虹のかけらを探して -10ページ目

虹のかけらを探して

人生におけるかけがえのないもの。探していこう「虹のかけら」をひとつずつ。
2011年神奈川の大学の医学部に編入学。
お医者になるべくお勉強中☆

10年ぶりに再始動とな?

※ニュースbyBARKS
http://www.barks.jp/news/?id=1000065838

大学生当時、渋谷の映画館で「リリイ・シュシュのすべて」を見たが、
音楽も映像も美しさというよりはそのカオスさが衝撃的だったことを今でも覚えている。

また、それにもまして物語がネット上の書き込みで自動的に生成されていくっていう
岩井さんの発想が破壊的に新鮮だった。


以下は12月8日リリース予定シングルのティザーPV。




映像のディレクションは岩井さんなのだろうか、それとも小林さん本人がされているのだろうか?



岩井さん関係と言えば、AKBドキュメンタリーも楽しみ。
寒竹さんの「天使の恋」の透明感はわりと好きだった。


※ニュースbyナタリー
http://natalie.mu/music/news/40825




映画「リリイ・シュシュのすべて」 : http://www.lily-chou-chou.jp/
Lily Chou-ChouのHP : http://www.lilychouchou.jp/
Lily Chou-ChouュのTwitter : http://twitter.com/#!/LilyChouChou_
Lily Chou-ChouのボーカルSalyuのHP : http://www.salyu.jp/
前のエントリーでも書きましたが合格しました。

結果論的なとろこも多々有りますが、改めてまとめてみたいと思います。


※その前に試験の内容等を詳しく知りたい方は↓をご覧下さい。

 ○1次試験の内容に関してはこちら >>>
 ○1次試験の結果報告に関してはこちら >>>
 ○2次試験の内容に関してはこちら >>>


◆1次試験◆
①英語:86点
 あくまで感覚値ですが、1次試験合格者中、帰国子女が7割近くいたと思います。
 で、だいたい彼らのスコアの相場が90~95点くらいでした。
②適性試験(数理系):69点
 僕は9問中3問ミスでしたが、5問ミスぐらいの人が多かった印象です。

僕の合計がだいたい155点くらいですが、聞いた中では120点台っていう人もいたので、
その辺りが最低ラインだったと思われます。

ってことはピラミッド式に行けば底辺が大きくなるので

 ○160点以上5名 ○150点以上15名 ○140点以上25名 ○130点以上35名 ○125点以上60名

程度で分布していたと勝手に推測。


◆2次試験◆
③面接:80点
 採点表が見えていた面接官がいたのですが、オール4でした(たぶん10項目くらい)。
 人事で採用とかしていたのでわかるんですが、5はよほど優秀じゃなければつかないので、
 4が取れればいい方。2回4人の印象がそれほど大きく変わることもないので
 70~80点は取れているはずです。
 たぶん可もなく不可もなくって感じで3をもらう人が多いはずです。
④グループ討論:70点
 これは実際メンバーに恵まれました。たぶん僕らのグループでは際立って良かった人は
 いなかったはずで、僕のできもよくなかったんですが、少なくとも
 上位3位以内には入っていたと思います。でも合格者の中では下の方かも知れません。



◎まとめ◎
これはあくまで僕の意見ですが、この試験は向き不向きがあると思います。
というのも特に1次の適性試験は勉強の積み重ねで大きく結果が伸ばせるものではないからです。
(英語は別ね)
僕はたぶんあの適性試験を10回受けても10回受かる気がします。
ですが、10回受けて半分なら受かる、っていう感じの人だと、
結果点数としては高くないと思うので、2次でそのハンデが効いてくることになる。
加えて、面接とグループ討論は1次試験の結果が刷り込みで入ってくるので、
1次試験でギリギリだった人が挽回するのは結構大変です。

だからと言って「受けない」って選択肢を選ぶのも本末転倒なので、
 A.帰国子女であれば適性でどれだけ高得点を取れるか
 B.適性みたいな知能テスト系の試験が得意な人であればどれだけ英語で帰国子女に肉迫できるか
が重要になると思います。

で、対策としては

 Aの人 ⇒ 適性の対策は立てづらいですが、確率の問題ならたいがいできるくらいに
       しておくことは絶対に役に立つと思います。予備校の東海対策で教えてく
       れるような国語の問題なんかに力を注ぐのは時間の無駄。

 Bの人 ⇒ 僕は英語が苦手で、自称英語難民ですが、それでも必死に勉強して(ホントに
       必死に勉強した)、TOEIC810、TOEFL(CBT)210くらいまでは取りました。
       これでもやはり帰国子女の人達には及びません。つまり少なくともこれくらいの
       英語力は必要だと思います。

面接とグループ討論は前に書いたとおり、仲間を作って目標を定めてやるのが効果的だと思います。
ただ、グループ討論はどんな時でも自分が上位3位以内に入っているな、っていう手ごたえが
なければ実力不足だと思った方がいいでしょう。まー結局主観だからわかんないけど(笑)


以上長いまとめになりましたが、受験のサイクルとしては通常↓のようになると思います。

春に一般受験または初夏から国立学士

東海(前後に金沢医科・藤田の推薦)

春に一般受験または初夏から国立学士

で、東海の適性対策は1ヶ月、2次の対策も1次の合格発表後で充分なので、
例えば1年も前から東海の編入一本に絞るっていうのはリスキーだと思います。
つまりきちんと一般、または国立学士の勉強をして、最後の砦的に受けるのが吉かと。

まーそうじゃなくて受かってる人もいっぱいいるんですけどね(笑)


以上、東海のまとめでした。
友達のまさし君がブログで「僕がWEBディレクターになったわけ」というのを書いていて、
いたくかっこよかったので、いつかマネをしてやろうと思っていた。

そして今がその時かと思うので実行してみる。



-----------------------------

小さい頃から正義感と独立心がわりと強い子だった。

中学とか田舎だったし、普通にいじめとかあったけど、基本加わらなかったし
(そのおかげで僕がいじめられたりもしたが 笑)、1人でいることも多かった気がする。

とにかく、いつも人と違う存在でありたいって強く思ってた。

それは、中学とか愛知じゃちょっとした進学校で、周りにけっこうすげーやつが
いっぱいいて、そいつらとおんなじことしててもダメだな、って考えていたから。

そんな気持ちもあり、高1の時にフランスに留学したりした。
(ちなみにこれが人生最初の大きな選択ミス(笑)。フランス語は結局あまり身につかず、
アメリカにしておけば良かったと、本当に今でもよく思う。)


社会に出てからも迷ってばかりだった。

ネットやったり、広告やったり、映像やったり。

あの頃は自分が何者であるのか、何のために生まれてきたのかを毎日考えていた気がする。


そんな中、30歳になる頃、改めて本気で自分の将来について考えた。

そして、振りかえってみると、本当に自分ががんばれた時とか、がんばって良かった!って思えたのはいつも自分のためというよりも誰かのためだった、ってことに気付いた。

それはたぶん、単純に人からありがとうって言われたいとか、「あなたにとって僕は必要な人間ですか?」って聞いた時に「はい」って言われたい、そういう単純な理由なんだと思う。

そんなことに気付いてから、世の中や人々に貢献する仕事に目を向けるようになった。

赤十字のボランティアを調べてみたり、JICAの青年会外協力隊の説明会とかにも行って話しを聞いてみたりした。

そこで改めて知ったのはボランティアでもなんでも、ホントに苦しんでいる人を助けられるのは、
何か確かな技術や知識を持っている人だ、ということだった。

アフリカの奥地まで行ってコンドームを配ってAIDSを予防するって仕事も確かに大事なんだけど、
それ以上に本当に必要とされているのは、農業の専門家や鉄鋼の技術屋、
そして医師をはじめとする医療分野で働く人達だった。

この事実を知った衝撃は僕にとっては大きかった。

WISHの先輩のシホさんが教えてくれた極真会館の創始者、大山倍達の言葉にこんなものがある。

  「正義無き力は無力なり。力無き正義もまた無力なり。」


そして僕は医師になろうと決心した。

いろいろある職業の中でもなぜ医者かって言うと、その頃に医学部に編入学した後輩がいて、
編入学っていう道があることを知ったのも大きなきっかけだったが、何よりも、
自分で言うのもなんですが、なぜか僕は自分で自分がとてもいい医者になる気がしたのだ(笑)


本来であればこんなことは18歳の時、14年も前に出すべき答えだったのかも知れない。

僕のこれまでの人生はいったりきたり、本当に不安定なものだった。
しかし、それでもおかげで多くの人々と出会い、知り合えたことは僕の何よりの財産である。ゆえに後悔などまったくしていないし、きっとその出会いや経験があったからこそ、僕は医師になろうと思ったわけである。

つまり、この答えは14年前にはきっと導き出せなかったと思う。


今回受験にあたり多くの方々に応援していただいた。

あきひろ、しゅう、大児といった医師や医学生の皆さん、短い時間であったが共に勉強したRNR12の仲間達。そして、紹介状を書いてくれた千葉社長をはじめ笑顔で僕を送り出してくれたSENのみんな、勉強を教えてくれた安藤やいつも気軽に声をかけてくれたツブゾロッタのみんな。そして、僕を信じて最後まで応援してくれた家族。本当にみんなに感謝したい。


2011年春、僕は東海大学医学部に進学します。


みんな、本当にありがとう。

必ずやいい医者になってみせます。