友達のまさし君がブログで「僕がWEBディレクターになったわけ」というのを書いていて、
いたくかっこよかったので、いつかマネをしてやろうと思っていた。
そして今がその時かと思うので実行してみる。
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小さい頃から正義感と独立心がわりと強い子だった。
中学とか田舎だったし、普通にいじめとかあったけど、基本加わらなかったし
(そのおかげで僕がいじめられたりもしたが 笑)、1人でいることも多かった気がする。
とにかく、いつも人と違う存在でありたいって強く思ってた。
それは、中学とか愛知じゃちょっとした進学校で、周りにけっこうすげーやつが
いっぱいいて、そいつらとおんなじことしててもダメだな、って考えていたから。
そんな気持ちもあり、高1の時にフランスに留学したりした。
(ちなみにこれが人生最初の大きな選択ミス(笑)。フランス語は結局あまり身につかず、
アメリカにしておけば良かったと、本当に今でもよく思う。)
社会に出てからも迷ってばかりだった。
ネットやったり、広告やったり、映像やったり。
あの頃は自分が何者であるのか、何のために生まれてきたのかを毎日考えていた気がする。
そんな中、30歳になる頃、改めて本気で自分の将来について考えた。
そして、振りかえってみると、本当に自分ががんばれた時とか、がんばって良かった!って思えたのはいつも自分のためというよりも誰かのためだった、ってことに気付いた。
それはたぶん、単純に人からありがとうって言われたいとか、「あなたにとって僕は必要な人間ですか?」って聞いた時に「はい」って言われたい、そういう単純な理由なんだと思う。
そんなことに気付いてから、世の中や人々に貢献する仕事に目を向けるようになった。
赤十字のボランティアを調べてみたり、JICAの青年会外協力隊の説明会とかにも行って話しを聞いてみたりした。
そこで改めて知ったのはボランティアでもなんでも、ホントに苦しんでいる人を助けられるのは、
何か確かな技術や知識を持っている人だ、ということだった。
アフリカの奥地まで行ってコンドームを配ってAIDSを予防するって仕事も確かに大事なんだけど、
それ以上に本当に必要とされているのは、農業の専門家や鉄鋼の技術屋、
そして医師をはじめとする医療分野で働く人達だった。
この事実を知った衝撃は僕にとっては大きかった。
WISHの先輩のシホさんが教えてくれた極真会館の創始者、大山倍達の言葉にこんなものがある。
「正義無き力は無力なり。力無き正義もまた無力なり。」
そして僕は医師になろうと決心した。
いろいろある職業の中でもなぜ医者かって言うと、その頃に医学部に編入学した後輩がいて、
編入学っていう道があることを知ったのも大きなきっかけだったが、何よりも、
自分で言うのもなんですが、なぜか僕は自分で自分がとてもいい医者になる気がしたのだ(笑)
本来であればこんなことは18歳の時、14年も前に出すべき答えだったのかも知れない。
僕のこれまでの人生はいったりきたり、本当に不安定なものだった。
しかし、それでもおかげで多くの人々と出会い、知り合えたことは僕の何よりの財産である。ゆえに後悔などまったくしていないし、きっとその出会いや経験があったからこそ、僕は医師になろうと思ったわけである。
つまり、この答えは14年前にはきっと導き出せなかったと思う。
今回受験にあたり多くの方々に応援していただいた。
あきひろ、しゅう、大児といった医師や医学生の皆さん、短い時間であったが共に勉強したRNR12の仲間達。そして、紹介状を書いてくれた千葉社長をはじめ笑顔で僕を送り出してくれたSENのみんな、勉強を教えてくれた安藤やいつも気軽に声をかけてくれたツブゾロッタのみんな。そして、僕を信じて最後まで応援してくれた家族。本当にみんなに感謝したい。
2011年春、僕は東海大学医学部に進学します。
みんな、本当にありがとう。
必ずやいい医者になってみせます。