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世界が握手をする会

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 人は、青々とした大空のもとに雄大な山々に、そして、広々とした海の広さに、美しい花々に、自然の天地創造の偉大さに感動し、又、農作物が収穫できる事に感謝しながら生活している。

 人は、水が無ければ生きられないし、日照が有って植物は育つのですが、干ばつによって共産主義は崩壊したように雨が降らなければ食物は獲れないのです。また、人は火を使う事によって多様な食事を摂れるようのなったのです。 しかし、自然災害も多発しています。大地震からの津波が、豪雨による洪水が、噴火による火砕流、熔岩流の火災、台風や竜巻等、又、病原菌の猛威は容赦なく多くの人命を奪って行くのです。


 自然には思い遣りや憎しみの心はないのです。自然は自然の法則に従って動いているだけなのですが、 人々は自然の脅威に畏怖の念を抱き、山頂には祠を建て異変が無い事を祈り、海岸には海が荒れないようにと神仏を祀って、無事を祈り、安心を得る事しか出来ないないのです。

 自然界に「心は無い」と云ったのですが、地上に送り出した命に対しては、老衰するまでは、その肉体を保守しようとする力はあるのです。怪我や病気をしたら、腹を切るのは医者ですが元の体に治すのは、自然が与えてくれた治癒の力なのですから…。


 日本では1月1日に神社に参拝して新年の無事を祈り、秋には1年の豊作と生きて来られた事に感謝して、神輿を担いだり、踊ったりして祭り事を催すのです。

 諸外国に於ても同様な行事が慣習として生活の中に存在するものです。

 人は人間の力で解明出来ない現象を、総て「神」の成せる業として納得と云うか、諦めて平安心を得ようとしているようです。

 私達は自然界に存在するものを利用して、諸々の機械や防災手段を作り災害を防ぎ、手術や薬品によって救命して生活していますが、船でも飛行機でも人間が作ったものは人が修理出来ますが、人間は自然が創ったものですから、人が自然を操作する事は出来ないのです。


 自然は自然の働きをするだけですから、人が自然を軽視したり破壊をすると災害に遭うのです。

 主(教祖)に祈っても自然の猛威を鎮める事は出来ないのですから、 人は自然の脅威に戦きながら自然の恵に感謝して生きて行く事しかできないのです。雨が降れば傘が必要なのです。