科学や医学などの分野が急速に進歩するのは、人生には死があるからで、死ぬまでの限られた時間への挑戦からだと考えられます。
人間生まれた時から顔・体、肌色、寿命さえも、経済的にも平等なものは何も無いのですが、確実に死が訪れる事と過ぎ去って行く時間だけは平等です。
人は少しでも長生きがしたいと云う願望ありますから、歩くより車とか列車を利用します、しかも、割高でも各停より急行を利用するのです。
昔は太平洋の横断に船舶で一週間を費やしたものが、現在では飛行機で一日ですから、昔と比較すれば六日間は長生きした事になるのです。こうして、交通機関が急速に進歩をしているのです。
医学界も、人に死がなければ医学の進歩は無かったと云えます、手術もクスリも必要がいりません、何せ、死ぬ事がないのですから…。同様に、農業の分野でも、人が食べなくても死なないのなら食糧増産の為の品種改良も、食物保存の技術にも進歩はなかったでしょう。
死後の世界を信じさせ、信者を自爆テロや聖戦に利用してる指導者は実行はしないようである。
この世に生を受けた人は、皆、必死に生活しているのです。自動小銃を肩にした兵士に告げます!貴方が殺傷したい人々も100年先は土の下なのです、どうか、人殺しは止めて下さい!
近代では、無人飛行機やミサイル攻撃で直接死者を目視する事も少ないかもしれませんが…。
争いのもとが、貴方の欲望からきているなら、欲望は貴方の心の問題です、その心が幸せと感じる時はどんな時ですか?
朝、目覚めた時ですか。美味しいもの食べた時ですか。家族団欒の時ですか。人を殺した時ですか。
人を殺したり罪を犯した事が、貴方が老いて死ぬ時に、幼児期からの走馬燈の中に浮かんで来ると思うのですが…。
殺人者の貴方を含めて人は皆死にます。私は、私が死んだ時「死んで呉れて良かったよ」と思われたくないのです、「惜しい人を亡くしたよ」と言われるように時を過しているのです。