久しぶり

久しぶりすぎてどんな書き方をしていたかいつも忘れてしまう

この間、朝から晩まで働いて
土曜日も出勤して、それでも仕事が終わらない職場を退職した

家に帰っても休みの日も仕事のことが頭から離れなくて、最後の出社日も「何にもまとまらなくて申し訳ないです…」

そんな言葉を残して去ってしまった

職場の人はみんな本当にいい人ばかりだった
(みんなの敵は電話の向こう側なので、社内のいざこざは全くなかった)

毎週土曜日、同じようなメンバーが出勤していて
スターバックスの新作を奢ってくれたり
アイスクリームを買ってきてくれたりした

最終日も、「もう辞めるんだから後は任せな、大丈夫だから!これ以上頑張ることない」

って泣き笑いみたいな顔で見送ってくれた先輩方、同期、すごくありがたかった

辞めた次の日は、本当に辞めてよかったのか、みんなはまだ頑張っているのに

と感情がこんがらがって一日中泣いていた


(後から旦那さんには
友達と遊んだ後に会社寄って帰る、とか土曜日も行く、とか本当おかしいと思ってたよって散々言われた)


有給消化して、すぐ新しい職に就いたけれど
今の所残業は全くなくて、明るいうちに家に帰れて、拍子抜けするほど仕事をしている実感がない


難しいこともあるし、お給料は半分になってしまったけど、2ヶ月経ってやっと、これでよかったのかもと思いはじめることができた

もとの仕事は、新しい事案が毎日入ってきて、ゼロになることは絶対にない業務だった
みんなが休みなく働いてる職場から逃げてしまった、という感覚、
大量に残った私の事案を他の人が負担することが心苦しくて
思い出したらもやもやが戻ってきてしまうけど
私の選択は正しかったのだと思う


最近友達と話したこと
「いつだって自分で決断したことに間違いはない、大変だったとしてもそれは糧になり今に繋がっている、結局その決断はその時の自分にとって最善だよね」

価値観のあう友達
結婚しても変わらず遊んでくれてありがとう
ここを見ることはないと思うけど


自分は運がいい
人に恵まれている
意外と晴れ女だし
ガチャガチャも欲しいのよく当たる
穏やかに生活できていることがしあわせ


日々忘れないように過ごしたいなと
思いました






今年の夏はとにかく暑かった


その夏に、誰かに話すでもない小さな思い出ができたのでここに書かせてもらうことにしました



私の家の隣には市の合同庁舎があって


いつも仕事に向かう朝と帰り、横を通るのが日課になっている


8月の初めの仕事終わり、狭い駐車場の端に空の段ボールと子ねこを見つけた


子ねこは車の下に隠れていて、近くに寄ったら既に女の子が手を伸ばしていた


その子が拾ってくれたらしあわせだろうと思ってその時は通り過ぎたんだけど


その数日後、駐車場の塀の上で寝ているその子を見つけた


女の子は拾ってくれた訳じゃなかったみたい


動物はあまり得意ではないし、今の家では飼えないし、保健所に言おうかとも考えた


調べてみると、保護されても飼い主が見つからなかったら殺されてしまうらしくて


届け出を出すこともできずにいた


毎日朝と帰り、今日はいるかな、と見渡しながらそこを通るのが癖になって


生きてる姿を見たら安心した


無責任なことはしてはいけないと思って、食べ物をあげることもしなかった


それがよかったのか悪かったのかはわからない




ある日駐車場を通ってみたら、横たわってこっちをみている子ねこの横に


同じくらいの大きさの子ねこを2匹みつけた


仲間ができたのか、一緒に連れてこられたのかはわからない


仲間がいてよかったと思った


その日から2、3回、仲間といる子ねこを見た


安心する気持ちと、日に日に痩せて汚くなっていく子ねこをみて悲しい気持ちにもなった




最後にその子を見たのは8月の終わり、灼熱の中、いつもの塀の小さな日陰に1匹で横たわる姿


目は閉じていてぐったりしているようにも寝ているようにも見えた


悲しさと、1ヶ月よく生きていてくれたねと褒めてあげたい気持ちが生まれたのを覚えている


次の日になると、子ねこはいなくなっていて


その後他の2匹も含めて子ねこは見かけない


誰かに見つけてもらったのか、楽園に行ってしまったのかはわからない


教えてくれる人もいないので、今も癖で探してしまう


この世界でもいいし、楽園でもいい、幸せでいてくれたらいいな


夏の暑さに弱い私に、少しの楽しみと自分もがんばろうと思う気持ちをくれてありがとう



8月に出会った子ねこが、日が経っていなくなってしまったように


少しずつ、環境は変わっていくみたい




実は明日、生まれてから今日まで使わせてもらっていた苗字が変わることになりました


今までの自分の名前とか響き、平凡だけど大好きで


少し寂しい気持ちもあるけれど


今までの自分はそのままに、新しい名前もこれからの人生も、より楽しくなりますように


どうしても今日書いておきたくて、久しぶりに来てよかったです




























裏の公園の桜が風で舞って綺麗だった


上京してからもう9年?経ったなんて今でも信じられない


あの頃は(おそらく)無垢な高校生だったのに、

社会に揉まれて、人の顔色を伺う癖はちっとも治らないまま、年齢を聞かれなくなる歳になってしまった


プロポーズされて結婚することになったと高校の友達から聞いた


そんな歳らしい


この間は子どもが生まれた友達の家に遊びに行った


そんな歳になってしまったらしい


結婚することになった友達も、

心は全然成長しないのに、不思議だねって笑ってた


幸せで嬉しい報告に、祝福の気持ちは充分ある


それと同時に、自分だけが取り残されていくような焦りと、だけどまだ自由でいたいと思う気持ちが絡まって自分の本心がわからなくなった




「あと1年は待つよ」


彼に言ったこの言葉も、周りと比べて焦っているだけで、本当は離れる決心も、結婚する決心もついていないのだと思う



歳をとるのがこわい


時間ばかりが過ぎてしまうこと、

周りと比べられてしまうこと、

親が元気ではいられなくなってしまうかもしれないこと、

祖父母がいなくなってしまうかもしれないこと、

女として見られなくなってしまうこと、


私がこの数年で成し遂げられたことはあっただろうか


確かに毎日生きてきた


楽しいことも沢山あったし大変なこともあった


だけど今、目標も目指したいものもない


私にとって何が1番幸せなのかわからない


こんな中で時間だけがどんどん過ぎていって、

やりたくなった時にはもう手遅れになってしまうのではないか


そんな考えても答えの出ない焦りが時々頭の中をくるくるまわってしまう



時間だけが過ぎていくのがこわい


変わらない毎日が幸せなはずなのに、ね


今年も散っていく桜を見ながら少し苦い気持ちになりました