なんというか、トラブルはトラブルを友達にして、
大挙してやってくるんだなあとか。
平和や、ささやかな恋とかを糧に、
トラブルはやってきて、
人生をむさぼっていくとするなら、
トラブルと向き合うことそのものが、
人生なのかもしれないなあとか。
まあでも、俺って多分本質的に能天気なのかもしれないな。
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『あの日に還りたい 十六話』
小夜が珍しく、絵を見に行こうと行った。
チケット貰ったんだよ、好きなんでしょ?絵?
そう言って、
僕らは六本木の美術館に行く事になる。
「小夜は美術館なんて行くんだねえ?」
「私、美術館とかよく行くよ?」
「そうだったんだ。」
その日は静かに雨が降っていた。
「秀樹と最初に学校がある街以外で待ち合わせしたのが、
此処だったよね。」
「え、それは2回目だろ?
1回目は別の街だったじゃんか?」
「あれ?そうだっけ?」
小夜は悪戯っぽく笑っていた。
「ついでに言うと、その時小夜は、
2回予定をリスケして、がっちり1時間半遅刻してきたけどな。」
「忘れちゃったよ。」
小夜は悪戯っぽく笑っていた。
地下鉄から地上に向かい、
花屋だか、本屋だかを横目に見ながら、
小夜は傘を差す。
美術館への道のりの中、
小夜は突然くるりと身を翻して、僕にいった。
その日の小夜は、スカートではなくて、
ショートジーンズだったのが残念だけれど。
「そういえばさ、私付き合う事にしたんだよ、
昔話した幼馴染と。」
「そうなんだ、よかったね。」
小夜は、無表情だったし、
僕は微笑んでいた。
ほんの2秒くらい、小夜は僕の顔を見て、
先を歩きだす。
僕は張り付いた笑顔を元に戻すのに必死だった。
ショックは突然やってくるのではなくて、
その日の僕を徐々に蝕んだ。
シーツに零れた血の跡みたいに、
気がつけば、シミは広がっていった。
乾いたところから変色して、とても嫌な黒になっていた。
そして僕らは絵を見る。
何を話したのかは覚えていない。
どんな絵があったのかも覚えていない。
昼に待ち合わせて、
20時くらいまでの間、僕には殆ど記憶がなかった。
「じゃあそろそろ帰ろうか。
なんか秀樹も今日は機嫌悪いみたいだし。」
そう小夜が言うまでの数時間、
僕には殆ど記憶がなかった。
何枚かの絵に使われていた、
ベルベットを表現する緋色と、
地面に刺さった剣の照り返しの白、
その断片的な色と、美術館特有のカビっぽい匂いだけが、
僕の脳裏には残っていた。
気がつけば、
僕は、小夜の差し出した傘に収まって、自動人形の様に街を歩いていた。
僕の右半身はぐっしょりと濡れていたし、
小夜の左半身もぐっしょりと濡れていた。
小夜の言葉と共に、覚醒した僕は、
小夜の言葉に足を止め、この春から今に至るまでの事を、
思い返していた。
坂で見た、小夜の顔を思い出していた。
一番初めに会った時の躍るような小夜を思い出していた。
細かな会話の断片が、いくつもいくつも降り注いで、
全ての事が、小さな刃となって、僕を苛んだ。
「なあ、小夜、
僕と初めて会ったとき、なんで小夜は喜んでいたの?
あの時、何があったの?」
「初めて会ったとき。」
「そう、あの屋上で初めて会ったとき、
小夜は僕に見つかるまで、とてもうれしそうに小躍りしてたじゃない。」
「…覚えてないよ。」
「そうか。」
「今日はそろそろ帰るね。」
胸に詰まる思いが、
物理的な重さとなって、僕を締め付ける。
その重さを吐き出すかどうか、
僕は、きっと、美術館からずっと悩んでいたのだと思う。
「小夜、僕と付き合ってくれ。」
そういった時の、泣きそうな小夜の表情を今でも覚えている。
何度か何かを言おうとして、
その都度止めて、
小夜が口にしたのは、
「なんで今更なんだよ。」
そんな言葉だった。
僕らは、雨の中、暫くそうして見詰め合った。
「もう返事しちゃったんだよ…」
そう言って、小夜は笑った。
「そうか…。」
僕らは、改札をくぐり、
途中の駅で小夜は降りていく。
その日小夜は、一度も振り返らずに去っていった。
でも、小夜にしてみれば、電車に乗って去っていったのは、
僕だったのかもしれない。
今日僕らが通り過ぎた絵にしてみれば、
去っていったのは、僕らだったのかもしれない。
大挙してやってくるんだなあとか。
平和や、ささやかな恋とかを糧に、
トラブルはやってきて、
人生をむさぼっていくとするなら、
トラブルと向き合うことそのものが、
人生なのかもしれないなあとか。
まあでも、俺って多分本質的に能天気なのかもしれないな。
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『あの日に還りたい 十六話』
小夜が珍しく、絵を見に行こうと行った。
チケット貰ったんだよ、好きなんでしょ?絵?
そう言って、
僕らは六本木の美術館に行く事になる。
「小夜は美術館なんて行くんだねえ?」
「私、美術館とかよく行くよ?」
「そうだったんだ。」
その日は静かに雨が降っていた。
「秀樹と最初に学校がある街以外で待ち合わせしたのが、
此処だったよね。」
「え、それは2回目だろ?
1回目は別の街だったじゃんか?」
「あれ?そうだっけ?」
小夜は悪戯っぽく笑っていた。
「ついでに言うと、その時小夜は、
2回予定をリスケして、がっちり1時間半遅刻してきたけどな。」
「忘れちゃったよ。」
小夜は悪戯っぽく笑っていた。
地下鉄から地上に向かい、
花屋だか、本屋だかを横目に見ながら、
小夜は傘を差す。
美術館への道のりの中、
小夜は突然くるりと身を翻して、僕にいった。
その日の小夜は、スカートではなくて、
ショートジーンズだったのが残念だけれど。
「そういえばさ、私付き合う事にしたんだよ、
昔話した幼馴染と。」
「そうなんだ、よかったね。」
小夜は、無表情だったし、
僕は微笑んでいた。
ほんの2秒くらい、小夜は僕の顔を見て、
先を歩きだす。
僕は張り付いた笑顔を元に戻すのに必死だった。
ショックは突然やってくるのではなくて、
その日の僕を徐々に蝕んだ。
シーツに零れた血の跡みたいに、
気がつけば、シミは広がっていった。
乾いたところから変色して、とても嫌な黒になっていた。
そして僕らは絵を見る。
何を話したのかは覚えていない。
どんな絵があったのかも覚えていない。
昼に待ち合わせて、
20時くらいまでの間、僕には殆ど記憶がなかった。
「じゃあそろそろ帰ろうか。
なんか秀樹も今日は機嫌悪いみたいだし。」
そう小夜が言うまでの数時間、
僕には殆ど記憶がなかった。
何枚かの絵に使われていた、
ベルベットを表現する緋色と、
地面に刺さった剣の照り返しの白、
その断片的な色と、美術館特有のカビっぽい匂いだけが、
僕の脳裏には残っていた。
気がつけば、
僕は、小夜の差し出した傘に収まって、自動人形の様に街を歩いていた。
僕の右半身はぐっしょりと濡れていたし、
小夜の左半身もぐっしょりと濡れていた。
小夜の言葉と共に、覚醒した僕は、
小夜の言葉に足を止め、この春から今に至るまでの事を、
思い返していた。
坂で見た、小夜の顔を思い出していた。
一番初めに会った時の躍るような小夜を思い出していた。
細かな会話の断片が、いくつもいくつも降り注いで、
全ての事が、小さな刃となって、僕を苛んだ。
「なあ、小夜、
僕と初めて会ったとき、なんで小夜は喜んでいたの?
あの時、何があったの?」
「初めて会ったとき。」
「そう、あの屋上で初めて会ったとき、
小夜は僕に見つかるまで、とてもうれしそうに小躍りしてたじゃない。」
「…覚えてないよ。」
「そうか。」
「今日はそろそろ帰るね。」
胸に詰まる思いが、
物理的な重さとなって、僕を締め付ける。
その重さを吐き出すかどうか、
僕は、きっと、美術館からずっと悩んでいたのだと思う。
「小夜、僕と付き合ってくれ。」
そういった時の、泣きそうな小夜の表情を今でも覚えている。
何度か何かを言おうとして、
その都度止めて、
小夜が口にしたのは、
「なんで今更なんだよ。」
そんな言葉だった。
僕らは、雨の中、暫くそうして見詰め合った。
「もう返事しちゃったんだよ…」
そう言って、小夜は笑った。
「そうか…。」
僕らは、改札をくぐり、
途中の駅で小夜は降りていく。
その日小夜は、一度も振り返らずに去っていった。
でも、小夜にしてみれば、電車に乗って去っていったのは、
僕だったのかもしれない。
今日僕らが通り過ぎた絵にしてみれば、
去っていったのは、僕らだったのかもしれない。