結局のところ、僕自身の不幸と、夏用のスーツの不運を比べたら、
スーツの不運のほうが、強いのじゃないだろうか。

浮ついた気持ちで被服屋に入り、お気に入りの柄を選び、
ほんの少しだけ前向きな気持ちを養って、
翌日の朝目が覚めると、6月の空は雨ばかり降っている。


だから、下ろしたてのその日に、
ズボンの折り目は、無残に太ももの丸みと同化してしまう事がまま、ある。

彼自身がその事について、どう想ってるのかは聴いてみた事はないのだけど、
なんにせよ、なけなしの給料から大枚はたいたスーツが、
初日から雨で型崩れする季節は、好きではない。


そんな事を考えながら、
家路までの、雨振る小道を歩いていると、

どこからか、大きな水滴が、
丁度傘より前に出していた、柄を握る左手に落ちてくる。

夏の気温に温められた水滴は、冷たいどころか、
小学生の頃、隣に座っていた名前も覚えてない女の子に、
突然手を握られたかのような嬉しさと、
長年連れ添った伴侶と柔らかく手を繫ぐような安心感が襲ってきた。


雲の切れ間にレンブラントが覗くのだけど、
きっと此方を見るだけ見て、明日はまた会えないのかもしれない。

そう想うと、なんだかやっぱり気持ちは良くならないけど、
少し雨の滲んだ靴下を靴の中で遊ばせながら、

川に落ちた水紋の大きさを一つ一つ比べてみるのだけど、
横合いから強い風が吹き、
雨と一緒に煙草の火を消してしまうわけで、

やっぱり、スーツを着てるときは、雨を好きになれそうも無い。