ブログネタ:裁判員制度、心の準備できた?
参加中おっし!今日こそは、時間許す限り、blogネタでも!
(結果1本だったとしても)
なんというか、コレってな、
典型的に、
よりよくなるはずの制度は、
民衆が愚鈍だから、悪癖になる。
ですなあ。
俺のblogで散々言ってる通り、
人は見えないからこそ生きていける。
これは視覚的な意味だけでもなく、
今の人間社会には、知れる情報がごく限られてる、
だから、その知らない情報には、
例えば金儲けやら、非人道的(書いてて馬鹿らしい言葉だな)な行為や、
あとは、個人の痴情からなんやら、
色んなものが、知らない前提で動いてる。
よくさ?
好きな人の事なら、何でも知りたい!
なんて意見を聞くけどね?
あれこそいい例で、
そんな対したこと無い人生を送ってる分にはそれもいいけど、
結局人間は、歪みから魅力が生まれる。
人間的な深みってな、外的な要因と内的な情動でのみ磨かれると想うわけ、
だから、叩いても埃が出てこない人種は、
そもそも、何でも知りたいって程、懐がない。
んで叩いて出てくる人種を前に、
”何でも知りたい”なんてのはさ、
耐えられる、それでも前に進める人種はごくごく限られてる。
人はさ、
一生かかっても、人一人の何かを背負えるかどうかだと想うんだよね。
気楽に背負えるほど、他人の想いは軽くない。
人間って基本的に、どうしようもない存在だしさ。
そうありたくない、と願うか、
それでも生きると、歯を食いしばる以外に、
今のうわべだけ生ぬるい社会で、人が育つわけが無い。
おもいっきし、脱線してるけどさ、
制度としてのブラックボックスである司法部分にさ。
素人が、裁判員として、意見を取り入れるのは、
展望としては、有益だと想うけど、
今のまんまの施行じゃ、
現場が混乱するだけなんじゃないかな。
素人が、恣意性にまみれた票に、どんな意味があるのか俺は疑問だし、
制度に対して、一石を投じるには、市井は連携も武装もないわけで、
遺族に対しての配慮から残虐な現場はCGで再現とかさ、
無駄でしょ。
そんなところを配慮してやるくらいなら、もっと別のとこ配慮しようよ。
どこぞの政党の演説じゃねえけどさ、
物事の表層だけ見て、ああするべきこうするべき!
って、その裏には、大体、
別の思惑があるか、叫んでる本人が浅はかか、
そのどっちかだと想うんだよね。
どーにもこうにも、
定額給付金を初め、
今の世の中、目先の事だけで、
何もかもを本質を見失って先延べしてる気がするわ。