1話はここから 6話はここから 11話はここから 16話はここから
2話はここから 7話はここから 12話はここから 17話はここから
3話はここから 8話はここから 13話はここから 18話はここから
--------------------------------------
『忘れえぬ炎』 第19話
~そして日常は廻る、舞台袖で誰かが何かを見ていたとしても~
その電話から、2日後の仕事帰り、
僕は、池袋の雑踏の中に、彼女を見つける。
「やあ。」
『やあ。』
笑う君が、何について笑っているのかは、
僕には判らないし、恐らく君にも理由なんて必要なかったんだと想う。
「さて、なんか食べに行かないか?」
『さて、そろそろ寒さに耐えかねてたんで、連れて行ってくれるとうれしいです。』
制服を着た綾を連れて行ける店は限られていたのだけど、
変則的な交差点を渡り、
チェーンのパスタ屋に僕らは入った。
「ブラッドオレンジジュースと、ジェノベーゼを。」
『ペペロンチーノと、食後にアイスティーを。』
二人とも、メニューを見ずに、注文を終わらせる。
食前に何も頼まない綾の前で、
ストローでブラッドオレンジを飲む自分は、
多分、この街で一番間抜けな人間だったに違いない。
「いよいよ、ナンパっぽくなってきたね。」
『そうですね。』
そういって綾は指を顎の下に組み、
僕と、飲み物を交互に見比べていた。
「変…かな?」
『同級生は頼まないものばかりですね。』
「同級生なら何を頼むの?」
『コーラと、カルボナーラか、ミートソースかな。』
「じゃあ、食後の紅茶と、ペペロンチーノは、
平均的な女子高生の注文なの?」
『そうかもしれないですね。』
時間はゆっくりと流れていた。
フォークからあまったパスタを、
口に運ぶよりはゆっくりと、
時間は流れていたように想う。
店を出て、
突然の冷気に驚いた綾は、
僕のそばにぴったりと身体をくっつけていた。
水槽の中の熱帯魚が、
するりと交差するように、
こちらをみて、
唇を震わせながら、
『寒い、寒い。』
そう連呼していた。
自然と僕の唇も端が持ち上がり、
綾の柔らかい髪を撫でるのだった。
この子の前で、僕の時間は、加速したり減速したり、
時々見知らぬ土地の高速道路を、
ヘッドライトも点けないで走っている様なきになるのだけど、
綾は、いつも通学路を独りで歩いているみたいだった。
こうして、名前のつかない関係の糸は、
また一重寄り合わされていく。
それは、ちょっと強い雨脚の下では、
きっと1日と持たずに霧散するようなものだったのかもしれない。
雨脚を避けるように、
ヒトとの繋がりを極力避けていた自分にとっては、
その曖昧ないい加減さは、かえって心地よかったのかもしれない。
こうして、僕らは、数週間を過ごした。
冬は、まだこれから深みを増していくのだけれど。