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『忘れえぬ炎』 第19話


 ~そして日常は廻る、舞台袖で誰かが何かを見ていたとしても~



その電話から、2日後の仕事帰り、

僕は、池袋の雑踏の中に、彼女を見つける。




「やあ。」



『やあ。』



笑う君が、何について笑っているのかは、

僕には判らないし、恐らく君にも理由なんて必要なかったんだと想う。




「さて、なんか食べに行かないか?」



『さて、そろそろ寒さに耐えかねてたんで、連れて行ってくれるとうれしいです。』



制服を着た綾を連れて行ける店は限られていたのだけど、


変則的な交差点を渡り、

チェーンのパスタ屋に僕らは入った。



「ブラッドオレンジジュースと、ジェノベーゼを。」



『ペペロンチーノと、食後にアイスティーを。』



二人とも、メニューを見ずに、注文を終わらせる。


食前に何も頼まない綾の前で、

ストローでブラッドオレンジを飲む自分は、

多分、この街で一番間抜けな人間だったに違いない。



「いよいよ、ナンパっぽくなってきたね。」




『そうですね。』


そういって綾は指を顎の下に組み、

僕と、飲み物を交互に見比べていた。



「変…かな?」



『同級生は頼まないものばかりですね。』



「同級生なら何を頼むの?」



『コーラと、カルボナーラか、ミートソースかな。』



「じゃあ、食後の紅茶と、ペペロンチーノは、

平均的な女子高生の注文なの?」



『そうかもしれないですね。』




時間はゆっくりと流れていた。

フォークからあまったパスタを、

口に運ぶよりはゆっくりと、


時間は流れていたように想う。





店を出て、

突然の冷気に驚いた綾は、

僕のそばにぴったりと身体をくっつけていた。


水槽の中の熱帯魚が、

するりと交差するように、


こちらをみて、

唇を震わせながら、


『寒い、寒い。』


そう連呼していた。


自然と僕の唇も端が持ち上がり、

綾の柔らかい髪を撫でるのだった。



この子の前で、僕の時間は、加速したり減速したり、

時々見知らぬ土地の高速道路を、

ヘッドライトも点けないで走っている様なきになるのだけど、


綾は、いつも通学路を独りで歩いているみたいだった。




こうして、名前のつかない関係の糸は、

また一重寄り合わされていく。


それは、ちょっと強い雨脚の下では、

きっと1日と持たずに霧散するようなものだったのかもしれない。


雨脚を避けるように、

ヒトとの繋がりを極力避けていた自分にとっては、

その曖昧ないい加減さは、かえって心地よかったのかもしれない。



こうして、僕らは、数週間を過ごした。



冬は、まだこれから深みを増していくのだけれど。