世界が消えてなくなるまで、あと4ヶ月と少し。


この冗談みたいな世界も、大分非日常的になってきた。

街の中の店も、閉店が目立つようになってきた。


経済は崩壊した、お金を持っていた人たちは、自殺するヒトが多いそうだ。


農家の人たちは、それでも食料を作り続けている。

素晴らしい人たちだと想う。


企業の多くは、トップの人間が逃げない企業は、操業を続けていた。


プライドなのか、面子なのか、

テレビの放送局だけは、どこも閉鎖しなかった。

馬鹿馬鹿しい、元々マスコミは嫌いだけど、

彼らは、自分の仕事に誇りを持ってるらしいが、

覗き見趣味の人間と、価値基準を持たない人間を扇動して、

自分らが神様にでもなったような連中じゃないかと私は想う。


終わる世界で、誰がテレビを見るというのだろうか、

ほんとうに馬鹿馬鹿しい。


なんにせよ、あの小さい箱が世界を狭く繋げていた、

そんな宗教めいた迷信が崩れ去った事は喜ばしい。


そんな、お粗末な連中と違って、

今でも、電気ガス水道が供給される事に深い感銘を受ける。


日本は駄目な国だけど、

インフラを支えてた人には、プライドがあったんだと想うと、

人間も捨てたもんじゃない。



世界は2つに割れていた。


自分の中に、想いがある人間は、変わらず生活をしていた。

想いがない人間は、行き先をなくした。元々なかったのかもしれない。


元々自分だけが好きだった人間達は、

殺し合いを始めたり、爆弾を抱えて自殺したり、

その惨めな人間性を内外に撒き散らしている。


人間が好きだった人間は、

残り少ない人生を、最後の輝きとばかり、恥ずかしさを捨て手を動かしてる。


医者も、人数は半分くらいになったらしい。

残った人間は、狂ったように働いてるし、過労にで倒れる人間も少なくないけど、

それでも満足してるみたいだ。


何故医者だけ詳しいかは、

ふらりとよく織人の勤める病院に散歩がてら行く事が多いからだ。


働いている織人の横顔は好きだ。

たとえ、私ともう二度と逢わないといわれたとしても、

この横顔はやはり素敵だと想う。想う自分で居たい。



本当の事を言えば、

新聞は2日に1回しか届かなくなったし、


治安は明らかに悪くなった。

盗難やレイプは日常になっていたし、近所で殺人もあった。


それなのに、私は、

悪くない世界だと想った。


意味のない法律や、がんじがらめの社会制度が、

人本来の本能と、情動を抑えていた事実を知ることになった。


人間は、美しくも醜くもない。

動物なんだと、判る事ができた。


終わる世界を前に、私を支配するのは、

生や死ではなく、織人との恋だったことが、なんとも自分を好きにさせる。

私の中に残るのが、この想いなら、私は私の人生が最後まで好きになれそうだ。


人口が激減したこの世界こそ、徐々に自然に還ってるのかもしれない。