ブログネタ:あなたに大きな影響を与えた土地は?
参加中北海道と沖縄。
魂を揺さぶられたのは、この二つの土地。
まあ、京都も影響大きいんだけど、今回は除外。
歴史的に暖かい冬。
友人の田舎にタダで泊めてくれるということで、
北海道の美瑛に行った。
高校生だったかな。
雪が楽しいもんじゃなく、生活なんだなってその時、
判った”気に”なった。
道路わきのぐしゃぐしゃに茶色くなった雪は綺麗でもなんでもないし、
歪んだ天井やら、尖ったツララなんかが、
人間の好きな自然ってのは、随分都合いいんだなって実感したわけ。
氷柱ね、頭刺さったら死ぬなって、知ってる事と知らない事には、
絶望的な差がある。
宿泊費タダの代償は、雪かき。
家の周りを全部。
裏はでっかい牧草地になっててさ。
雪かき楽しくて、汗かいて、タンクトップになって、
気がついたら、疲れたーって雪原のど真ん中でひっくり返ってた。
こちとら、東京生まれの東京育ち、目に映るもの全てが新鮮だった。
もう空には、幾つも星が出ててね。
東京の曇った空と繋がってる空なんて、ちょっと信じられなかった。
どれぐらいそうしてたんだろうなあ。
突然気がついたんだよ。
視界を遮るものが何も無い事に。
自分の視界ってのが、まあるいんだなあって事に。
頭の方向には、林があってね。
きっと、こんな夜中にうっそうとした闇をみたら、怖くなったんじゃないかなあ?
なのにこの時、すごく落ち着いた気持ちになった。
寝転んでるのに、自分の右側にも左側にも、雪原が広がってる事が知覚できて。
視界と感覚が無限に広がっていく感覚が俺に訪れたのね。
その時、
ここには神様が居る。
そう感じたわけ。
それこそ、フキの葉の裏にではないけど、
とてもまあるい雰囲気の神様が、この土地にはまだ居ると、
魂が感じた。
今も、あそこには神様が居ると想う。
他の人の神様とは、ちょっと違うのかもしれないけどね。
大学生の頃かなあ?
念願の石垣島に行ったわけ。
沖縄は、俺にとって数少ない、どうしても行ってみたかった土地の一つ。
行くなり当時の彼女と喧嘩しまくってねえ、
ドライブの最中も、喧嘩。喧嘩。喧嘩。
そんなときに、向こうが急に俺の腕にしがみついてくる。
なんだよって、廻りをみると、
本州で見るのとは全然違うお墓が林立してた。
小さな祠みたいなお墓。
墓そのものというよりも、その場の空気に畏れを感じた。
ヒトの死に対する考え方に畏れを感じた。
その夜、石垣には台風が来た。
海のそばで育った自分としては、荒れる海なんて見慣れてるはずだった。
でも、その日、俺は猛る波濤を見て、
海が怒っていると感じた。
何故と問われても判らない、その時もただ、”そう”感じた。
泡立つ濁流が、陸地と空気を震わせていた。
海を見て、そこに感情を見つけたのは、生まれて初めて。
北海道で感じたのとは、まったく異質の感覚。
此処にも神が居る。
でもそれは、触れれば切れるような鋭利な神だ。
厳しさだけが、伝わってくる。
ただ海を見ていただけなのに、
波濤の産んだ怒りが、空気と大地に伝播するのが目に見えるようだった。
明らかに、昼の空気と今の空気では、それを構成する成分が変わっているのを肌が教える。
怖いと想った。
自分の中に眠るものが、身を震わすほどの恐怖を感じていた。
原色の空と海が見せる昼の顔。
その裏側にあるものを垣間見た。
綺麗なものは、理由がある。
ヒトに美しいと感じさせるものの裏側には、
とても深い業があるんだと、身体が覚えた。
東京に戻り、
その2つの土地について、想いを馳せる時。
一度目は優しく、二度目は荒々しく、
自分に魂というものがあるのなら、
肉体ではなく、その魂そのものを揺さぶられた気がする。
孵ることのない雛鳥に対する洗礼。
土地が殻を破るんじゃない、
殻を破るために、雛鳥そのものに作用する力。
これは、恥ずかしながら、言葉で伝える事がとても難しいのだけれど、
その雛鳥が、薄皮の向こうで就いていた眠りの終わりを、俺に感じさせた。
自分は世界の中心ではないし、また同時に中心でもある。
そんな矛盾した考えが、自分の奥深くに植えつけられた。
ヒトの目に在るのみが全てに在らず、そんな当たり前のことを初めて理解した。
俺が、死ぬまでに行ってみたい場所は、最低でも後ひとつ。
そこで、どんなものが待っているのか、
それだけが、今のところ、俺が遣り残している唯一の事。
死ぬまでに、殻を破らねば、
雛鳥は死んでしまうから…ね。