灰色の空を見上げてると、
自分が都会にひっそりと咲く、ねこじゃらしみたいに想うときがある。
ねこじゃらしがひっそり咲くとこなんて、もう長いことみてないけどさ。
養分の変わりに、冬の冷たさが足から這い上がってくるとき、
青山テルマの”わたしはここにいるよ”、とか似合うなって想う。
別にテルマに関らず、悲しい恋の歌って似合うなって想う。
冬に”イケナイ太陽”とか聴いても馬鹿っぽさだけしか残らないけど、
ああ、歌にも季節があるんだ~なんて、今頃実感したりする。
冬が近づくと、少しだけ道往くヒトたちが小さく見える。
そんで、見知らぬ誰かが小さく見えた分だけ、
ヒトとの距離を感じるのは、寂しいって言葉の修飾なのかもねえ。
ねこじゃらしも、ふにふにされると嬉しいんです、きっとそう。
とまあ、脳みその右半分はこんなことを考えてるけど、
左半分は、昨日もまた弟とカラオケで馬鹿騒ぎしてきた、
酒も入ってないのに、よくぞ俺らは盛り上がれるもんだ。
1回しか聴いてない曲を、作曲しながら歌う。
当然のようにツッコミが来る。
ばっか、このアレンジなら俺東京ドームで歌えるっぺよ?
どこぞの流行歌じゃねえけども、
やっぱり身体に溜まったストレスは、雪を振り払う様に落としていくべきだわね。
その雪が溶けて、身体に染み込んで、
身体の中で、根雪になってしまったら、春が来るまできっと溶けないからね。
さて、リレーの続きでも考えよう、楽しいな。
うん、楽しい。