最終回でっす!
------------------------------------------------------
それから、俺はずっと考えた。
この物語がなんであるのか。
自分があの子とした他愛ない話を思い出そうとしたけど、
それはもう、手の平でで雪を掴むようなものでしかない。
頭が動かないときの考え事なんて、いつもそうだ。
大事なことなんて、まとまりゃしない。
あ、そういえば、あの子は俺と会ってる間、
一度も同じ服を着てこなかったななんて、
そんなどうでもいいことばかり、頭をよぎる。
そもそも、こんな非現実の出来事に、
俺が介入するための鍵なんて持っているかなんて怪しいものだ。
でも、あの子は泣いていた。
理由は判らない。
それから俺は夜の銀座には近づかず、
部屋でずっと同じことを繰り返していた。
-探しものってなんだ?-
手がかりは一つだけ、
昼の銀座で感じる違和感。
俺はきっと、何かを忘れてる。
それが正しいのか、それも判らない、でもあの子に謝ろうと想った。
だって、きっとあの子に俺はできることがあるはずなのに、
それがなんなのか、見つけられなかったから。
会社帰りの、銀座、
閉店間際の百貨店に滑り込んで、口紅を買ったのは、
お詫びのつもりだったのかもしれない。
安っぽいよなあって自分で想いつつ。
あまりにも考えなしだったから、プレゼント用の包装してもらう事も忘れてて。
俺の人生は、こんなことの連続な気がする。
小さな失敗の積み重ね。
大事なときに、上手く立ち回れたことなんて、
一度もなかった気がする。
だから、眠くもないのに無理やり眠り、
目が覚めたときに、なんか少しでも洒落気ないかなんて、
引き出しの中に、少しだけ色褪せたベルベット地のリボンを見つけ時。
心底ほっとしたのは、神様にありがとう。
ちょっと長めのそれを、ぐるっと二巻きして、
これでいいかなんて、ほんと無計画の極みだよね。
それなのに、そのリボンを見たとき、脅迫感はより強まったんだ。
なんで、こんなものが、俺の部屋にあるんだろう?
自転車ではなく、歩きで銀座に向かう間、
夜の暗さの中で、そのリボンを拾ったことを思い出していた。
残業で遅くなった帰り、
何故かいつもなら、何台も通るはずのタクシーを捕まえられずに、
俺は歩いて家まで帰ったんだっけ。
銀座に差し掛かったとき、でかいトレーラーから、ヒトが何人も出入りしててね、
ああ、季節の変わり目に催し物でもするのかねえ、
って何体ものマネキンや、
衣服が百貨店に運び込まれているのが遠目に見えた。
その百貨店のそばに、ゆっくりと煙草を吸いながら近づいたとき、
人に踏まれまくって、汚れたリボンを見つけたんだよね。
はてなんだろうと、拾い上げて、
手持ち無沙汰な帰り道、指に巻きつけたりしながら家まで帰って、
理由を聞かれてもこまるけどさ、洗濯物と一緒に洗ったわけ、
なんか、かわいそうでさ、結構高そうな生地なのに、汚れちゃっててね。
正しい洗い方じゃなかったから、ちょっとだけくしゅくしゅになっちゃってさ…。
なんとなくバツが悪くてそのまま引き出しに入れておいたんだ。
そんな事を考えながら歩いていたら、
あの子は、やっぱり膝を抱えて交差点の真ん中に座ってた。
こっちも見ずに、
「にいさん、遅いよ!一体何やってたの?!」
怒気を含んだ声。
「あっと…。」
一歩…二歩…。
「ごめんな、ほら、オマエさ、服だけは毎日替えてくるのに、
化粧とか全然しないから、今日はプレゼント選んでたら遅くなっちゃってさ。
ほら、これ、どう?
って、オマエなんだって、そんなイブニングドレスを今日はきてる……」
胸が一際大きく鳴る。
俺はそのイブニングドレスを知っていた。
ベルベットの赤いドレス。
俺の手にある、このリボンと対になるはずのドレス。
緩いドレーブがね、夜の陰と相まって、
不思議な雰囲気をかもし出しててさあ、
そこに居る女の子は、今まで知ってるぴょんぴょんよく跳ねる、
元気で口の悪いいつもの女の子じゃないみたいだった。
月並みに言えばさ、
とっても綺麗だったんだよ。
ゆっくりと、ほこりを払いながら、
その子は言ったんだ。
「やっと、見つけてくれたね。
今日が最後の日なのに、持ってきてくれなかったらどうしてやろうかと想ってたとこ。
でも、贈り物つきだったから、許してあげるよ。」
「なんだ、最後って…。」
言い終わる前に、その子は続けた。
「ねえ、その口紅、塗ってくれるかなあ?
私ね、化粧ってしたことないんだ。」
何故だか溢れそうになる涙を堪えながら、
口紅を直塗りしてやる俺。
「にいさん、口紅なんて塗れるのね、
女の子たくさん泣かせてきたわけだ?」
「今回は、仕方ないけど、口紅、次塗るときは筆で塗れよな、
ってこれでも結構モテるんだぜ?知らなかったろ?」
「そうだね、にいさん優しいモンね。」
そう言った瞬間、コイツの目からぽろりと涙が零れた。
「あれ、やだな…、違うんだよ。
今日はありがとうって言いたかったのにさ。
おかしいなあ…。」
涙を拭わずに、コイツは続けてた。
「今日で、ね、お仕事も終わりなの。
だから、もうにいさんに会えなくなるんだ。
最後の衣装につけるチョーカー。持ってきてくれてありがとうね。
これで最後の日ちゃんとお仕事できるよ。
今までありがとう。
たくさんたくさん、ありがとうね。
とってもね、たのし…かったよ。」
「私からのお願い一つだけ聞いてくれる?」
「なん…だよ。」
多分、俺も泣いていたんじゃないかな。
「私に、名前付けてくれる?」
「え?そりゃどういう…。」
俺が言い終わる前に、
その子の身体がすっと、後ろに動いた。
吸い込まれるように、俺がリボンを拾った百貨店のショーウインドウに向かって。
無意識に足が駆け出していた。
たった10mの距離が、絶望的に世界を隔てた。
「待って!俺、間に合わなかったのか?
話しもっとしたいのに。」
もう返事は聴こえなかった。
ただ、硝子の向こうで、その子は笑ってた。
初めて会ったときよりも素敵な笑顔で。
俺が、硝子のそばまで駆け寄るのを待って、
右手を硝子に添えた、
左手を硝子に当てた
最後にそっと唇を寄せて、目を閉じたんだ。
俺は同じように、手を添え、そして唇を寄せて、目を閉じた。
硝子越しに、ほんの少しの温もりが、徐々に冷たくなっていったのを覚えてる。
次に温度を感じたのは背中だった。
あの子が見たがっていた陽の光を背中に感じたんだ。
目を開いた向こうに、
真っ赤なイブニングドレスを着て、
首に少しだけ色の褪せたチョーカーを巻いた、マネキンが立っていた。
硝子に口紅の痕。
そのマネキンも、同じ色の口紅をしていた。
少しだけ顎を尖らせて横なんか向いてさ、
-どーよにいさん、私綺麗じゃない?-
もう声は聴こえないけども。
だから俺は、透明な涙を流すことしか、できなかったんだ。
やっと戻った朝陽の中で、俺はまた、泣くことしかできなかったんだ。
----------------------
おっしまいっと。
いあ、ベタですいませんすいません、
硝子越しのキスって書いてみたかったんです、
それだけなんです(笑