みんなおそろいの手術着みたいのを着せられてさ、

待ち方はひとそれぞれ、団体さんで来てる人たちも居れば、

しまったなあって顔して、詰まらなさそうに順番待ってる人も居る。


あ、健康診断の話ね。


俺は俺で、山田詠美の小説持ち込んで、考え事してた。


この廻り見渡せば、同じような格好の集団ってのは、

ある意味、観察や考え事するにはうってつけの環境かもしれない。

口開くわけじゃない、そこにいる人たちの視線の動き方見てるだけで、

つまんねードラマ見てるよりは、よっぽどそこに見るべきものがある。


でも、診断中に一番印象的だったのはさあ、

最後に聴診器を当ててた、じいさんお医者の手がねえ、

なんかとても落ち着くなあってことだった。


その人が名医なのか、ヤブなのか全然判らないけどさあ、

無駄口きかない、そのじいさん医者の手が妙に安心できたってコト。


なんでだろうね。

まあ、理由は判ってるけど、秘密。



ずっと前に買ってほんとにちびちび読んでた、『ひざまづいて足をお舐め』を

やっと読み終わったわけで、


これ読みながら、恋は2種類あるなあ、なんて考えてた。


どっちも燃料はいるんだけどね、

その燃料が燃えたあとに、燃料が別のものに代わる恋愛と、

痕に残るのは、燃えカスみたいな恋愛ね。


人は変わっていくものだから、

同じ気持ちのまま、ずっと一緒に歩いていくには、大変な覚悟と努力がいるわけで、

でも、燃えたあとに残ったものが、何らかの意味を持つ恋愛だったのなら、


それは、お互いの間に書かれた関係の名前は変わっていったとしても、

無駄にはならない恋愛ってのがある。


もっとも、燃えたあとに残るものがカスにならない恋愛なんてな、

実に希少だ。

むしろ、それが実在するのなら、それを他のものにしてしまう事実の方が、もったいない気がする。

でも、実際には、やっぱり変わってしまいがちなものだけど。


そんなこんなで、今日色々考えてるうちに、

自分の中にひとりの女性が浮かび上がってきた。


かつて恋だったもの。

今は名前のないもの。


考えてみると、最近電話口で女性の泣き声ばかり聴いてる気がする。

同じナクなら、哭くとか鳴くの方が遥かにいいんだけどもさ、

それでも、女性の泣声にもバリエーションがたくさんある。


ウンザリするだけの泣声、

股間が盛り上がってくる泣声、

もっと酷く苛めてやろうかって嗜好が働くときもあるしね、

実は1ミリも心が動かない泣声ってのもある。


女の子はよく、泣かれるの嫌いでしょなんていうけど、

違うね、俺は大好き。


あ、珍しく恋愛観なんか、ぶっちゃけそうな雰囲気だけど、

誰もそんなこと聞きたがってないだろうから、とりあえずは止めておいて。


そういえば、あいつも昨日だか一昨日だか泣いていた。

すごく久しぶりに泣声を聞いた。


でも、今日心に浮かんできた理由は、アイツが泣いていたからじゃない。


ただ、健康診断受けて、山田詠美みてたら、ふと浮かんできたから。

それも理由はあるんだけど、やっぱり秘密なわけで。


大体、恋が目的なら、相手が泣いてるから呼び出そうなんて、

劣悪な気がする。

そんな理由で始まった恋なんて、絶対燃えカスになるに決まってる。


だからね、

健康診断で色々感じたことは、

『今日、オマエが言ってたパスタ食いに行こうぜ、連絡乞う』


って短いメール送ったことで、差し引きゼロ。

今んとこ今日のイベントが俺に残したことは、採血した左腕の鈍痛だけって話し。


寝るまでに、あと何が増えて、何が減るのかは、また別の話しってことで。