注:一般の方々には、理解不能な単語が乱発の記事でございます。
今回はマジで論じてますが、ご不快になりそうな方は今回飛ばしておいてください。
先日、弟クンから電話が掛かってきましてね。
「HydeさんHydeさん、おもしろいものみつけたから
送りますね。」
って、ニコニコ動画のアドレスが送られてきたの。
とある、アニメの歌を、ネットではかなり有名なキャラが、
替え歌して歌うっていう画像なわけで。
一応貼るか…
これ、元の曲
http://www.nicovideo.jp/watch/nm3754097
これ、替え歌
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3914725
夜中に窒息死するかと想った。
恐らく、ね。
これを、普通に見ただけでは、ワケ判らないんだろうなあって思いながら。
多分人生の中で、
あ、俺オタクでよかったって初めてじゃないかなあ?
肯定的な気持ちになれたの。
どこぞの岡田さんが言っていたけど。
お宅ってなんなのか?
それは、異なる文化、カテゴリーをクロスオーバーさせる人種だそうで。
要するにさ、どこぞのアニメの主題歌と、
ホモに向けた漫画ってのがあったとして、その両方を知ってる人間が、
上記のように、替え歌を歌うことで、爆発的な笑いを生み出すわけ。
つまり、受け手にそれ相応の(無駄な)知識が必要なわけで。
その垣根を乗り越えて、色んな(無駄な)知識を吸収し、繋げていくのが、
お宅だってわけ。
まあ、一般の人からしたらさ、はあ?って論理だとは想うんだけど。
そのクロスオーバーの結果に、笑えるのなら、
それも(或る意味では)無駄じゃないなって、すごく思えたわけ。
お宅ってな、成果物に対して、価値を付加できる人種ということ。
はあ?って想う?
想うだろうね。
でも、企業に勤めたことがある人は判ると想うんだけども、
実はこの行為ってすごく才能がいる。そして、それができる人ってすごく少ない。
それでも、間違いないのは、その才能があることで新しいマーケティングを開拓できるということ。
商品開発していくなかで、その舵取りに『お宅』がいることの重要性ってな、
多分商品を売る側の人たちには、理解されてると想うんだ。
まあ、そうはいってもさ、
落とし穴があって、
『お宅』ってなまがい物が多い。
上記の話が成り立つために、その『お宅』に求められる資質としては、
自らを客観視できなきゃ話しにならない。
だけど、世間で『お宅』って言われる人種にはさ、基本的にそれが無い人が物凄く多い。
自分の格好とか気にしないで、好きなアニメに没頭してて、人とつながり持たないのは、
『お宅』じゃなくて、タダのキモイ奴なわけ。
第二の欠点としては、
『お宅』になりきれずに、タダの『消費者』にしかならない人間が実に多い。
後者ばかりが増えた今の業界では、
『お約束』の商品が乱立するわけ。
そんで、飼われた豚みたいになってるからさ、
業界に対して、エンドユーザーからの衝動ってものが存在しえなくなる。
川下にいるのが、雑食の豚だったら、
供給側はさ、別になんでもいいから投げちゃえってなるわけで。
その豚は、食品になって世に流通するわけじゃない、
ただ、食って死ぬだけ。
実はこの構造は、あらゆるメディアにおいて行われてる手法だなって想うの。
受け手がセンスないから、世に溢れる商品はセンスが無くなるわけ。
歌舞伎やら能が、或る一定の水準を保っていられるのは、
受け手と送り手に、高いレベルが求められ、それが維持されてるからだからね。
自分も、散々メディアにお世話になった人間だから、
こうしてここでつまらなくはあるけど、人に対して文字で何かを発信してるわけで、
この拙い文章で、誰かに何か伝われば、きっかけになればいいなってやってるわけで、
どんな小さなコミュニティでも、
輪の中に、自分を表現していかなきゃなって想うわけなんです。
自分の中で、何か想いを留めてませんか?せき止めてませんか?
今の世の中間違ってる、人間なんて滅んじゃえ、
言うだけなら簡単だなって。
やっぱり、ね、
自分を含めて、漫画も小説も好きで育ったからさ、
それが今つまらなくなってるなら、それは自分も責任の一端があるなと、そう想いたいわけです。
まあ、mixi時代は、
こうやって日々、Hyde論を各分野で発信してましたけど、
アメーバきてから、全然やってないなあって想い、一度こういうものも書いてみました。
もし興味あるひと居たら、またこういう記事かきたいです、ジャンルは問わず。
これみて、あ!他にこんなこと語ってよ!ってのあったら、どんどん教えてください。
無い脳みそ絞って記事書いてみますから。
ま、そんな感じです。
↑おもろかったら、押してみてください(笑