もし、人生に一番気持ちのいい朝っていうのがあるのなら、
多分それは今日の事だと想う。
春と夏の間にある、とても前向きな朝であるはず。
小高い丘の上から、教会が見えた。
これも何かの縁なのかも知れない。
僕は丘を降りて、教会のドアを開いた。
懺悔室がある。
躊躇いなく、その椅子に僕は座った。
「今日はどうなさいました?」
僕はこの手に残る感触をもう一度反芻しながら、
優しさの篭った声に返した。
「人を殺しました。」
僕の手は、血まみれだった。
「・・・・。」
無言のシスターに、僕は続けた。
「殺したんです、刃物で切りつけました。」
「何故、そんなことをしたのですか?」
(声が震えている、そうか、若い人だったんだね、ごめんなさい)
「憎かったんです、その瞬間、世界のありとあらゆる善意よりも、
悪意が勝りました。」
「だからといって、その人を殺めてよいわけがありませんね。」
「でも、憎かった。
僕は僕を止めることができなかった。」
「あ、貴方が誰かを殺めたのには、世界の善意も悪意も関係ありませんよ。」
「そうかもしれません。」
血が乾いてきた、不思議だね、
心が痛いとか良心がどうのってのよりまず、
人を殺すと、手が痒いんだな。
「では、神の前で己を改め、赦しを乞いなさい。」
「何故?」
「何故ですって?
貴方は、懺悔しにきたのでしょう?」
「そうなのかな?ここに教会があった、椅子があった、
目の前に誰か居た、聴かれたから答えた。
それだけだよ。」
「ならば、自分は悪くないと?改めるべきはないと?」
「どうして?だって僕はひどく傷つけられた、だから相手を刺した。
相手は悪くないの?」
「それは殺していいということではありません。」
「ならどうしたら、相手を殺していいの?
身体は殺してはいけないのに、心が殺されてる人なんて沢山いるじゃない。
そういう人は、自分を改めないの?」
「もし、貴方の言うとおりで、人を殺していいのなら、
人は生きていけなくなりますよ。」
「なら、みんな死んじゃえばいいじゃない。
少しでも悪いことしたひとは、された人が殺したいと想うなら、みんな殺してしまえばいいじゃない。」
「そうしたら、それが神の世界なんじゃないの?」
「貴方の言うところは神の意思ではありません。」
「神なんて居ないよ。居るなら僕を助けてくれたはずだ。」
「いいえ、神は居られます、貴方にも視えるはずです。」
「貴方にはそれが見えるの?」
「はい、何時も御心と共にあります。」
「ねえ?なら、僕が君を殺すとしたら、
神はどうしてくれるの?」
壁の向こうから、椅子が揺れる音がする。
「大丈夫だよ、僕には貴女を殺す理由なんてないから。」
(おそらくもう戻ってこないだろうけどさ)
「ねえ、どうして一番判りやすく相手を傷つけるのが、
一番罰せられるのかな?」
「それが一番判りやすいからなのかなあ。」
「死んでいい奴なんて、沢山居ると想うけど、
でも、そういう人間のほうが踏ん反りかえって生きてるよね。」
「なら、やっぱり社会は正しくて、僕は間違ってるのかなあ。」
「ねえ、神様。」
「もし、アナタが本当に存在するのなら教えて欲しい。
人に意思があることも想像せずに、自分の思い通りにすることを当たり前としてる人がいる。
口でどんな奇麗事を言っても、最後は自分の欲望だけを優先させる人がいる。
誰かにとって大事な大事な人を、虫けらのように害する人がいる。
そんな人間に生きている理由があって、僕に無い、
その差をどうか教えて欲しい。
善良とされるヒトがいる、でも、そういうヒトたちが頭も使わずに、
右へならへとすることで、一つの大きな流れを作り出してる。
その行き先になにも責任も持たずに。
結果世界の寿命が早まるとして、アナタはそれをどう想うのか。
もし、社会にルールが必要だとするのなら、
アナタの存在は、どう規定されるの?
答えを教えてくれるのなら、僕はなんでも差し出そう。
命でも、未来でも。自由でも」
そして、
僕の耳に聴こえてきたのは大いなる福音ではない。
遠くで鳴る、サイレンの音だった。
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