料理ができない君に、僕がお弁当をつくったあの日の約束。
忘れていたと想っていたんだよね。
それなのに、2年も経った或る日、
紅茶を淹れたその後で、君が突然おコメを研ぎだしたっけ。
得意げな顔で、
「おにぎりを作ってあげる。」
多分そのときの僕は、自分でどんな顔してたんだろう。
まあ、驚き9割、喜び1割、かな?
自分でもどんな顔していいか、よくわからなかったんでね。
炊き上がりまでは、やっぱり、僕の背中でカップを両手もちの君。
「ワタシね、おにぎり屋さんになれるかもしれないわよ?」
「どうして?得意なの?」
「だって、おにぎり好きだもの。」
ふふ、とてもシンプルな君の答えはいつも、考え込む僕の迷いを吹き飛ばす。
炊き上がりの、釜を見ながら少し思案する君。
多分、具を考えてるんだろうけど、どうせどうするかは判ってるよ。
「うん、決めた。」
サランラップをちぎり、その上に塩を振る君。
「ねえ?おにぎり屋さん?
それはちょっと頂けないじゃないですか?」
「どうして?」
「僕は、君の手で握ったおにぎりがいいな?」
「あら?それは非衛生的ね。」
彼女の腰に手を廻し、空いてるほうの手を僕の口元に引き寄せる。
「もちろん、そんなことはないよ。」
中指の先に口づける。
不思議そうな顔の君。
「ならいいワ。」
さらに不思議だったのはさ、
君の手の中で、おコメが楽しそうに弾んでるのを見たこと。
「ほんとにおにぎりは好きなんだね。」
「そういったじゃない、ちゃんとさんかくにできるわよ。」
僕のいう、”は”には気がつかないくらいおにぎりを作る君は楽しそうだったね。
4つのおにぎりが君の手から転がり落ちて、皿の上に収まったとき。
君がしたことは、僕に両手を広げることだった。
「突き指でもした?」
「サランラップを取り上げられたから、指におコメついたじゃない。」
彼女を座らせて、その背中から左手についたおコメを、一粒ずつ唇に含んだ。
なんだろう、足を投げ出して、膝の上で右手を不自然に固めている君が、
何故かとても愛しかった。
じーっとこっちを見てるからさあ。
「わかった、手を洗ってあげるからね。」
「冷めちゃうもの、まだ終わりじゃないんだよ?」
石鹸なんかいいから、タオルでしっかり拭いてという君。
乾いた手で、ノリをコンロの上でひらひらとさせていた。
「気のつくヒトだったんですねえ?」
「知らなかったの?心外だワ。」
4つのおにぎりを、一つだけ食べて。
後は僕にくれたね。
また、じーっとこっちを見ながら。
「アナタがご飯食べてるのを見るの、とてもスキよ。」
にっこりとする君。
「さて、ワタシの初めての手料理、お味はいかがかしら?」
「そうだね、君の味がする。」
「手は洗ったわよ。」
口を尖らせる君。
でも、ほんとうに君の味がしたよ。
すこしまばらのコメとコメの隙間が、なんだか君と僕みたいに思えてさ。
いつかこんな生活の先に、もっと自然にコメがなじんでいったらさ?
このおにぎりが、君の手の中で、僕と君を結ぶ『おむすび』になるかなあ?
「具はね、入れなかったのよ、そのほうがおコメの味がするじゃない?」
君はそういうと想っていたよ。
「なら、後輩に連絡して、とびっきりのおコメを分けてもらうことにするよ。」
「でも、今度はアナタもワタシににぎってくれる?」
「いいや。」
「嫌なの?」
今度は僕がにっこりと微笑む。
「いいよ、こんどはとびきりのおコメでさ、
にぎるんじゃなく、二人で結んでいこう何時か『おむすび』になるようにさ。」
抱きしめられながら、手の中でおにぎりを半分どうしようかな?って顔の君。
ねえ?ほっぺたに、見えない米粒がついてるから、
君の頬に口づけてもいいかい?